道場になだれ込むと、中には白い空手の道着を来た道場生達。
そしてその視線は一斉に太郎らに注がれた。

二十人程の道場生達は白や青、茶色などの様々な色の帯を着けていた。
男性もいるが女性も多いようだ。
年齢層もまばらである。

ちょうど稽古が終わった後なのか、汗を拭いていたり、ストレッチをしたりしていたようだった。

太郎の頭はパニックになった。
謎の外国人に押し込められ、多くの道場生に注目されているのだから。

しかしこのまま無言でいる訳にもいかない。
太郎は意を決した。

「ど、どうも初めまして。わ、私は、水河太郎と申します。今日は見学に参りましたー!」

道場生は、キョトンとしている。
お互い顔を見合わせ何が起きたのかという顔をしている。

それにしても自己紹介をしたのに皆無言とはちと酷くないか。
そんな考えも頭をよぎったが、そもそも皆ビックリしているのだ。
だって後ろには巨大な外国人がいるのだから。

太郎は、ハッとして後ろを振り向くと、その謎の外国人は笑顔で立っていた。
この状況をどのように乗り切れば良いのか。

「あーうー……マイフレンド!」

太郎によるその外国人紹介に、道場生達は、ますますあっけに取られている。
そもそも何故道場生の皆さんに英語を使うのか。

我々はどのように映っているのだろうか。

何故、自分は、ここにいるのだろうか。太郎の頭は真っ白になってしまった。

 

そんな太郎に救いの手を差し伸べたのは、あずさだった。

先ほどと同じように事務室らしきところから出て来た。
今度は、空手着を着て黒い帯を巻いている。
髪は一つにまとめられ、ポニーテールが揺れる。

「あっ、さっきの水河さん。稽古はもう終わりましたよ」

「は、はひいー」

太郎は声が裏返ってしまった。

あずさは太郎の後ろにいる外国人に気づいた。

「えっと、その方は?」

「あわわ、えっと、そ、外にいたんです」

太郎は、その外国人に向かって、話しかける。

「えーー、ユー、ワイ、ヒア?」

自分でもひどい英語だと思った。しかしその外国人は理解したようだった。

「My name is a Roberto ribeiro . It came from the United States . It came to Mr.Soma to become a disciple .・・・アー、ソウマ、デシイリ、キマシタ!」

「ロベルト?」

道場内皆ビックリした様子。
このロベルトという外国人は、相馬の弟子になりに来たらしい。

その部分だけ日本語を覚えてきたようだ。

「お兄ちゃんの弟子になりに来たんだ。お兄ちゃんは、もうすぐ戻ってくると思うけど。えー、ウェイト、ちょっと、タイム」

あずさの困っている様子に顔がにやける太郎。

可愛い、とても。

 

その時、道場のドアが乱暴に開き、茶髪の男が入ってきた。

それは太郎が以前、深夜の森で出逢った空手家、相馬であった。
ベージュで自身のサイズに合っていない大き目なパーカー、それに濃い黒のジーパン姿。

道場生達はその姿を見るや皆、立ち上がり、両手を握り、顔の前で両腕を交差させて、拳を腰の前へ持って行く動作をした。

「押忍」「押ー忍」「押忍!」

皆一同に声を上げた。
空手の挨拶なのだろうか。

「おーす、今帰ったぜ」

適当に挨拶する相馬だったが、すぐに太郎とロベルトに気付いた。
相馬が声を発する前に、ロベルトは両手を広げた。

「Oh , Soma -!」

ロベルトは嬉しそうに叫んだ。

「何だこのデカイ奴は? 道場破りかよ」

そう言うと、ロベルトの尻を蹴り上げた。
初対面でもこういうことが出来てしまうらしい。
恐るべき男だ。

さらに相馬は、ロベルトと一緒にいる太郎に気づいた。
 
「あ、てめーは、森で会った奴、今頃来やがったのかよ! 行動の遅せー野郎だな!」

太郎は、目を伏せた。

「す、すいません。遅くなってしまいましたが、来させていただきました」

「で、お前は誰だよ」

相馬はロベルトを睨みつけながら言った。

「ソウマ、ワタシ、デシイリ、キマシタ、ロベルト」

相馬は、怪訝そうな表情を浮かべた。

「あ? デイリー? キンタマ? なんだ、このお下劣な野郎は!」

道場生達は、声を出さないように笑いをこらえている。太郎も同様だった。

「ちょっと、お兄ちゃん、下品なこと言わないでよ! この人は、お兄ちゃんに弟子入りに来たんだって」

あずさは顔を赤らめながら相馬に説明した。

「ほー、俺に弟子入りとは、なかなか見所があるじゃねーの!」

そう言うと相馬は、太郎とロベルトの肩を抱き、道場生達に向けた。

「よっしゃ、みんな! 今日は、俺の弟子が二人できた。太郎とロベルトだ。みんな宜しくな!」

と言い放った。

 

少し間があった後、道場生達から拍手が起こった。

太郎は、相馬の発言に驚いている。

「ちょっ、相馬さん、ボクは今日、見学に来ただけですよ! 弟子なんて」

しかし太郎の反発などお構いなく、相馬は続けた。

「お前らは同日に入門してきた同期の桜ってやつだ。俺のように全日本大会で活躍できるように、仲良く精進するんだぜ」

「ぜ、ぜぜ全日本大会!」

太郎には、選択権はないらしい。しかも全国大会で活躍しろと。

「わー、二人同時に入門ね、宜しくお願いします」

 

愕然としていた太郎だったが、あずさの笑顔が全身に突き抜けた。

 

そして瞬間的に思った。

これは自分が変われるチャンスかもしれない。

今までのつまらなく、非生産的な日常から脱出する為のチャンス。
そしてこんな可愛い女性とお近づきになれるチャンス。

 

太郎は居並ぶ道場生達に向かって、特にあずさに向かって丁寧に礼をし、拳を振り上げ、口を開いた。

「皆さん、先ほど全日本大会で活躍しろとのことでありましたが……男なら、もっと上を。私は……空手日本一になってみせます!」

太郎は、とんでもない発言をしていた。

「おーー」

道場生から拍手喝采が起こった。

「てめー、いきなり日本一だと? 生意気なんだよ!」

相馬は太郎の尻に蹴りを入れた。

「Ha – ha – ha!」

どういうことを話していたか、ロベルトにはわかっていないようだが、相馬と太郎のやりとりに笑っているようだ。 

 

「よっしゃ、お前らは今日から、ここの三階にある俺の部屋で寝泊りしながら空手修行をするんだぞ、内弟子ってやつだ。とことん鍛えてやるからな」

「ちょっ……」 

太郎は、驚いた。

今日から泊る? 内弟子? あずさは呆れたように相馬を諌めた。

「ちょっと、お兄ちゃん、いきなり内弟子って、急過ぎない? いろいろお二人にも事情があるんじゃない?」

心配するあずさをよそに、相馬はちっとも気にかけた様子も無く言った。

「あ? 大丈夫だよ。ロベルトは俺の弟子になりに来たって言ってるし、太郎は暇人だし」

太郎は、勝手に暇人にされていた。
まあ、実際は超が付くほど暇なのだが。

「わ、わかりました。でも、今日から寝泊りは勘弁してください。あずささんおっしゃるとおり、こちらにも、いろいろ事情がありますので」

「ちっ! いいんだよ、そんなもんは! どうにでもなるんだよ」

相馬は、そう言って詰め寄って来た。

太郎は、近いうちにまた来ると言って、皆に挨拶をして道場を出た。

 

 

駅の方へ走っている太郎の顔には笑顔が溢れていた。

何かが変わる。
変われる。

太郎の胸が期待で膨らんでいた。

それにしても深夜の森を徘徊しているような男を、さらにはさきほど会ったばかりの外国人を自分の部屋に泊めるなんて。

相馬とは一体どんな男なのだろうか。
常識の枠には収まらない男だということは理解できた。

 


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