第112話  第40回全日本大会開催

 

太郎が車を運転する。
助手席にはあずさが座っている。
車内は太郎とあずさの二人きり。

第40回全日本大会前日。
例年は岩村の運転する車で総本山に向かうのだが、今回は師範の源五郎が同乗することになった。
定員オーバーということで、太郎とあずさはレンタカーで向かうことになったのだった。

かつてないほどの稽古を積んできた太郎だが、1週間前から完全休養を取ったので体調は万全だ。
早く試合がしたくてうずうずしている。

明日、緒戦の相手は、総本山内弟子の松崎。
夏の中量級でベスト8に進んだ18歳の若き新人。
百瀬に代わり、総本山の来客出迎え係をしているので、太郎は会ったことがある。

車は国道をひた進み、千葉県に入った。
太郎はあずさに全日本での戦い方について熱く語る。
あずさも楽しそうに聞き入る。
ふと太郎は自分が空手の話ばかりしていることに気付いた。

「あ……すいません。僕、さっきから空手の話ばかりで」

いわゆる一般的な25歳の男女などんな話をするのだろう。
少し考える太郎だったが、いわゆる一般的な25歳の男性は社会人として仕事をしているのだと思うと、少しヘコんだ。

「あ、あの、あずさ先輩」

「ん? 何、タロちゃん?」

太郎は少し考えてから、あずさに聞いた。

「ぼ、僕、仕事してないじゃないですか。社会人じゃないですよね。それってどう思います?」

「え? でも、空手で頑張ってるじゃん」

どうも、話の焦点が一致してないらしい。

「いや、つまり、将来のこととか考えてですね。その、このまま、空手を続けていても、生活出来ないんじゃないかって、その」

太郎は海岸線の前方を見ていたが、ちらとあずさの方を見た。
あずさは太郎の方を見て微笑んでいる。

「えーっと、どゆこと?」

なんて可愛い笑顔なんだろうか。

「あの、その、えと、つまり……好きなことだけやってたんじゃ、この先、家族とか、その、いろいろ」

太郎は空手に青春を捧げている。
しかし、将来のことは常に頭から離れない。
最近は特にそうだ。

将来、相馬は道場を継げばよい。
ロベルトは祖国ブラジルに帰れば、やはり父の空手道場がある。
しかし太郎はというと、親からは勘当され、大学は5年間かけて卒業したものの、新卒という就職に不可欠なカードはとうに失っている。

なんとなく地に足がついていないような感覚に襲われる時がある。
そんな時でも空手の猛烈な稽古をすることで、一時的であれ、そんな暗雲を取り払うことが出来る。
それゆえ、太郎は空手の稽古にはがむしゃらにのめり込んだ。

「なんでかなあ?」

「へ?」

あずさの疑問に満ちた声が隣からする。
運転に集中する太郎には、あずさがどんな顔をしているのか見えない。

「世の中にはいろんな職業があるよね。サラリーマンが多いとは思うけど。正宗さんみたいな芸人さんとか、画家さんとか、作家さんとか」

「そ、そうですね」

「そーゆー人達って、自分の好きな事を職業にしているんだよね。それって素敵なんじゃないかな」

「そ、そりゃ、成功すれば素敵ですけど」

「えー、違うよ」

あずさの不服そうな声が聞こえた。
今度はどんな顔をしているか想像がついた。

「好きなことを続けていけるってことが素敵なんだよ。お金とかそーゆーんじゃなくてさ。だから兼職とかして、頑張るんじゃん」

「……」

「サラリーマン以外の職業の人達がいない世の中って想像付く? そんなのって、なんか寂しい世界じゃない?」

「う……」

あずさは現実がわかってないのか。
そんなに甘いものじゃないのだ。
しかし、なんだか、あずさのいう通りだとも思えてきた。

「わたし、別に楽観主義で言ってる訳じゃないの。好きなことをして、その代わりちょっと大変で、でも、そういう人生でもいいんじゃないかなって思うの。私は、そういう人の……」

二人は沈黙した。
あずさが何を言いたいか太郎にはわかっていた。
だが、言えない。
その先はまだ言えない。
あずさとは昨年の世界大会の時に交わした約束があるから。
太郎には目指すべき場所がある。

「あずさ先輩。僕、今回の大会、頑張りますよ。体格に恵まれてなくても、無差別でガンガン戦って見せますよ」

「うん!  カッコいいとこ見せてね」

 

 

太郎とあずさは、岩村らの車より数十分遅れて総本山に到着した。
もう日が暮れかかっていた。

「押ー忍、遅くなりまして」

「糞太郎!  おせーぞ!  あずさに変なちょっかい出してねーだろーなあ?」

「キヨ、あんたいいかげんそのシスコンなんとかならないの?」

「シ、シスコン? う、うるせー!」

いつものように美雪に頭が上がらない相馬だった。

 

総本山道場の裏手の宿泊施設に着くと、門前には松崎が立っていた。
180cm近い身長でロベルトと同じくらいだが、まだ痩せ形である。
坊主頭もまるで高校球児のようだ。
明日対戦する太郎は落ち着いて松崎に挨拶する。

「押忍。明日は緒戦でぶつかりますね。よろしく」

「あわ、よ、よろしくお願いしまーす!」

体重別三階級を制した相馬軍団を前に、松崎は緊張がほとばしっていた。
太郎は松崎を見ると、数年前の自分を見ているような錯覚に陥った。

「総本山の玄関をそんなことで守れんのかよ!」

相馬は、松崎の腹に下突きを打ち込み、建物の中に入って行った。
松崎はしゃがみ込んだ。

「こらー!  キヨ!」

美雪が相馬の後を追う。

「だ、大丈夫カイ?」

ロベルトが心配そうに松崎の肩に手を置く。

「お、押忍。凄い。感動してます。あの横暴さ。この暴力性。さすが神覇館にその人ありと言われた相馬先輩。ううう。感動してます」

「……よ、良かったネ」

ロベルトは呆れている。

 

第40回全日本大会トーナメント表

 


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