第111話  いつもの風景

 

秋晴れの日曜日。
太郎とロベルトは稽古の休憩時間に二階のジムで特報神覇館を開く。
来月開かれる第40回全日本大会のトーナメント表が載っているのだ。
昨年の世界大会で引退した下村や辻、そして夏の体重別で選手生活を辞した山岸の名は無かった。

「ロベは、順調にいけば準々決勝で伴兄弟の兄ちゃんとだな。ロべが気を付けるような選手は見当たらないなあ」

「そんなにうまく行くかナ?」

ロベルトは真面目で謙虚な性格でもある。

「うわっ!  太郎のブロックは結構キツイネ」

「むむ……」

太郎が準々決勝に進むまでには、中条、高畑、伴(弟)、大岩などのビックネームが並んでいる。

「俺に奇跡が起こり、準決勝に進めれば相馬先輩とぶつかるな」

「……どうやら、奇跡ではなく義務になりそうだよ」

「へ?」

太郎がロベルトの指差すページには、相馬が空手着で仁王立ちしており、その隣に裸で踊っているような太郎とロベルトの写真が載っていた。

「ん?なになに……相馬軍団で表彰台を独占するぜ!  雑魚共、かかってこんかい!  by水河太郎 オー、ジャパニーズ、ファッキンメーン!  キャント、アクション!  byロベルト・フェルナンデス」

「うえー!  なんだよ、この記事!  超ケンカ売ってんじゃん!  しかもこの俺らの写真なんだよ!  いつ取ったんだ?」

「相馬先輩が、銭湯の着替えの時にとったんじゃないカナ?」

「洒落にならん。こいつはやり過ぎだぜえ!」

「誰がやり過ぎだぜ?」

バルコニーから日光浴を終えた相馬が入ってきた。

「押忍!」「オース」

「寒みーぜ!  ハクシューーン!  ういぃ」

「相馬先輩い!  この記事は何です? ちょっとやり過ぎでは?」

太郎は、特報神覇館を相馬に突きだした。
刹那、太郎は相馬の横蹴りですっ飛んだ。

「ゴミがっ!  俺様のエンターテイメント魂がわからんのかっ!  そんなことより、午後のロードワークに行くぜえ!」

「オース!」「お、押忍」

午後のロードワークは稽古の日課になっていた。
しかし、ただのジョギングではない。
太郎は3kg、ロベルトは5kgの鉄アレイを両手に持ち走るのだ。
相馬はいつものように自転車で移動する。

30分くらいで大きな川辺に辿り着く。
そこで地獄の3分間ダッシュ。
加えて、拳立て、腹筋、スクワットなどを組み合わせたサーキットをたっぷりと与えられる。
とにかく3分間、2分間、2分間は全力で戦い続けられるようになるのが相馬流の稽古の基本だ。
昨年の世界大会前にはこの課外練習で虫の息になっていた二人だが、今はなんなくこなし、夕飯後、夜の稽古に移る。

道場生との夜の一般稽古が終わると、また相馬軍団の稽古が始まる。
夜は、スパーリングが主になっている。
太郎はロベルトや相馬にぼこぼこにされながらも打ち負けない腰の強さを身につけて来た。

全ての稽古が終わるのは22時くらい。
その後は恒例の銭湯だ。

行きつけのこの銭湯は深夜0時まで開いていたので、三人は閉店間際まで湯に浸かっている。
太郎は屋内のジャグジーに入りながら、自分の拳を眺める。
人差し指と中指の拳頭は丸みを帯び、ぷっくらとふくらんでいる。
拳ダコだ。
この手を見る度に太郎は自分が強くなっている気がしてにやけてしまうのだった。

「なんだよ、気持ち悪りーなー」

相馬が横のジャクジーに入って来た。
太郎は相馬の拳を見た。
相馬も砂袋などに突きを打ち込み拳を鍛えているので大きな拳ダコが出来てはいたが、今や太郎の方が大きくなっていた。

「おめーは隙あらば、何かたたいてるな」

「お、押忍。空手家にとって拳は名刺代わりですから」

「まあな。でも俺は試合で勝つことが第一だからな。無駄な稽古はしねーぜ。功利主義ってやつだ」

「(功利主義? 使い方合ってるか?)押忍。でも、再延長後の板割り判定になるときもありますよね。そん時に、普段から鍛えてなければ失敗しそうで……」

「前も言ったろ。板割なんて通常ねえから」

「押ー忍。ちなみに相馬先輩なら何枚くらい割れますか?」

「うーん、そうだなあ。五十嵐先輩はレオナルド戦で7枚を割って、拳を壊してるからなあ……やっぱ6枚くらいだな」

「な、6枚ですか……凄い」

太郎は、5枚は割れる自信があった。

「ベンチプレス……随分上がるようになったじゃねえか」

相馬は太郎の肩を拳で叩いた。

「お、押忍」

「入門の時は50kgも上がらなかったのにな」

太郎は先日、道場上の2階ジムで、ベンチプレス100kgを上げることに成功した。

「俺は、ベンチとか器具を使ったのは嫌いなたちだが、さすがに黒帯締めてるなら100kgは上げねーとな」

「でも相馬先輩やロベルトの域には到達出来そうにありません」

相馬は130kg、ロベルトは150kgを挙げる。

「俺らは重量挙げの選手じゃねーからよ、そんなに重いもん持ち上げる必要なねえさ。一定のパワーとスタミナが付いたら、後は技術と勝利への執念だ」

「押ー忍!」

「だがなあ、パワーとスタミナだけで世界大会を制した男もいるんだな、これが」

「へ? 誰ですか?」

「お前が夏の体重別で会った、隠岐師範だ」

「お、隠岐師範……あの仙人みたいな」

「俺は直接の稽古は見たことがないが……不動先輩の話だと、総本山でも異端だったみたいだな。一般稽古には出ないでひたすら一人で練習してたらしい」

「そ、相馬先輩そっくりですね」

太郎は、ジャグジーに沈められた。

「ごほごほっ」

「その練習ってのが、ひたすらサンドバッグを打ち込んで、走り込んで、ウェイトトレーニングをやりまくってたらしいんだわ。単調な、しかし過酷な稽古。自分の身体を壊し続けたんだ。大会の前後も体調を整えることはしなかったらしい。事実、隠岐師範は、全日本大会で優勝したことはない!」

「え? 世界大会で優勝するほどの方が、全日本で優勝してないんですか?」

「おう。試合での動きは硬く、顔色も悪い。だが、その苦行を続けた。隠岐師範が得たかったものはただ一つ」

「せ、世界大会の王座?」

「そう。師範はそれのみを狙ってたんだ。第6回世界大会の一カ月前からぱたりと練習をやめ、体調管理に徹した。そして、不動先輩や、当時新人だったが、レオナルドを倒して優勝しちまったんだ」

「おお、凄い」

「まあ、前にも言ったが、黒帯は自分一人で稽古出来ないと駄目ってこった」

「押忍」

「てめーも、黒帯を巻いてんだ。いついかなる時でも、稽古できるようにな」

「押ー忍」

 

第40回全日本大会トーナメント表

 


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