第109話  昇段審査

 

昇段審査当日の朝。スモラバ正宗は板橋道場に向かっていた。

「全く、とんでもない目にあったぜ」

昨夜、相馬に気絶させられ、丸裸にされ、路上に打ち捨てられた。
目を覚ましたのは交番だったからびっくりだ。

「岩村Pがすぐに来てくれたから良かったものの……芸能界にもあれほどの悪魔はいねえぜ」

正宗はため息をついた。

「岩村Pの話だと、あの後、美雪さんとあずささんは帰ったようだが……太郎先輩らは大丈夫だったのだろうか」

 

まだ早朝で、審査までは時間がある。
が、世話になった太郎らの為、一人で道場を掃除しようというのだ。

特異なキャラクターで売っていた正宗だが、実際は真面目な男であった。
ゴールデンで、半年前に始まった正宗の空手入門のコーナーは話題を呼び、正宗は、今や人気の芸人の一人となっていた。
そんなコーナーも今日で最終回だ。正宗は少しさびしい気がしていた。

「今日で最後かあ。板橋道場の皆さんのお陰で俺も脚光を浴びるようになったな。特に太郎先輩には、いろいろと世話になったな」

正宗は空を仰いだ。

「最初はなんだか情けない男だと思っていた。おどおどしてるし。……しかし、あの空手に向ける情熱は本物だった。なんせ怪物揃いの体重別の全日本で優勝しちまうんだもんな。俺もお笑いに対する良い勉強になったぜ」

 

道場が見えて来た。

「それに、太郎先輩のあずさ先輩への一途な愛……いいじゃないの。伝えきれない想いを寄せて……ふふ」

 

正宗は道場に着き、ドアを開けた……と飛び込んできたのは驚愕の光景だった。

「なななんあななななんなー! !」

なんと裸の男が大の字で眠っていた。

「あれー!  これは太郎先輩じゃねーの!  っつつ、えっ! ?」

太郎のそばには派手なTバック、そして手には大人のおもちゃが握られていた。

「あわわわわ……なんと!  お、俺はとんだ勘違いをしていたようだ。こ、この人こそ本物の悪魔だったようだ。し、神聖なる道場で、こ、こんな派手なTバックをはいているようなギャルと、こ、こんなおもちゃを使って大騒ぎをしていたとは。し、しかも昇段審査の前日に!  や、やばいぞ。他の皆が来る前にこの場を何とかしないと!」

正宗は靴を脱ぎ、道場に上がり、太郎をゆすった。
太郎の髪にはガムがべっとり付いていた。

「な、なんちゅー姿だよ!  ……太郎先輩!  先輩ー!  起きて下さいよ!  正宗です!」

太郎は重いまぶたをゆっくりと開ける。

「うにゃ、ま、正宗……どうした?」

「どうしたもこうしたもありませんよ!  一体全体、この有様は何です?」

「はえ?」

太郎は、自分の姿を見て驚く。

「な、なんじゃー?」

「なんじゃはこっちの台詞っすよ!  一体何があったんですか?」

太郎は裸のまま思い出す。

「き、昨日、正宗がいなくなって、岩村先輩が帰られて、美雪さんとあずささんが帰って……」

「そ、それで?」

「相馬先輩とロべと別れて、タクシーで……女性と乗ってて」

「ぎょぎょ!」

「道場に着き、女性が裸になり……白くてきれいで……ふふ。俺も裸になり……」

「も、もういいです!  わかりました!  昔から英雄色を好むって言葉もあるし……とにかく、ここを片づけましょう!」

「お、おう」

 

正宗に手伝ってもらい、お下劣なアイテムを処理した。

「せ、先輩。そのぶら下げてるもんをしまって下さいよ」

「へ?」

太郎は自分が丸裸であることを忘れていた。

「ははは」

「……はあ」

 

ようやく片付いた。

「後はその頭に付いたガムです。どうしたらそんなところにガムが付くんですか?」

太郎はまだくらくらする頭を抱える。

「……キ、キスするときに……邪魔だったから吐いたような」

「……そ、そうですか」

「どうしよ」

「切るしかないでしょう。丸坊主に」

「えー!  ま、マジ?」

「ガム付けて審査出来ますか? 撮影のカメラも来るんですよ。それに先輩は、丸坊主では済まない大罪を犯しているんですよ」

「俺、何かした?」

「……もういいです。電動髭剃りありましたよね。あれでいきましょう」

「お任せします」

 

太郎は二階のジム横のベランダで髪を切ってもらった。
髭剃りのバリカンは3mmのもので、太郎はかなりばっちりな丸坊主と化していく。

「あっ、俺思い出した」

髪を剃られながら太郎は口を開いた。

「何です?」

「昨夜の相手は……あずさ先輩だったような」

「はあ……あずさ先輩があんなTバックはいてますかね? それに、あんな可憐な女性に、あのお下劣なアイテムを使ったんですか?」

「……そ、そうだな。あれー、俺は一体誰と、何をしてたんだろ?」

なんと乱れた男だろうか。
誰と一晩を共にしたのか覚えていないとは。

正宗はだまったまま太郎の頭を坊主に仕上げた。

「よし!  いいじゃないですか!」

太郎は頭をさする。

「寒いぜ」

「シャワーでも浴びてきて下さい。俺はここを掃除してますから」

「正宗……お前、良い奴だな」

「はいはい」

 

太郎は更衣室で鏡を見る。

「すげー!  これじゃ総本山の内弟子だぜ!」

と、その時、道場のドアが開いた音が聞こえた。
太郎は入口に向かうと、そこにいたのはロベルトと相馬だ。
相馬はロベルトに背負われている。

「オー太郎!  どうしたノ、その頭は?」

「ロベー!  大丈夫か?」

「体調は最悪だよー!  相馬先輩もこの通りさ」

相馬は大いびきをかいて、よだれを垂らしている。

「こ、これじゃあ、夜まで起きそうにないな」

「太郎、それより、その頭は?」

「……気合だ」

「オー、気合ネ!  僕もそうしようかな」

「二階に美容師の正宗がいるからお願いしなよ」

「オー!」

ロベルトは相馬を背負ったまま、二階に上がって行った。

 

太郎がシャワーを浴び終えるとロベルトも丸坊主になっていた。

昼過ぎに道場生達や、師範の源五郎、あずさ、美雪らが道場に入ってきた。

皆、太郎とロベルトの変貌振りに驚いた

 

「あれ? キヨはどうした?」

源五郎が辺りを見回す。

「その……三階の自室で寝てます」

太郎が言いにくそうに伝える。

「寝てる? 起こしてきなさい」

「オー、相馬先輩は起きないヨ。どうやっても」

ロベルトは両手を上げる。

「弟子の昇段審査だってのに……」

 

 

審査が始まると、太郎、ロベルトは重い頭と身体に鞭打って、普段の集中力を発揮した。
基本、移動、型、そして筆記と続く。

正宗も加わった最後の連続組手は、二日酔いで散々であったが、審査後、源五郎から二人とも昇段との言葉があった。

 

「二人とも審査の内容は……微妙だったが、普段の稽古を見てるし、大会で文句のない結果も出している。黒帯を巻くということは、もう神覇館を背負っていると同じだ。今日からさらに精進して下さい」

「押忍!」

「押ー忍!」

入門後、3年3カ月で太郎とロベルトは黒帯を巻くことになった。
二人の師である相馬は部屋で爆睡している。

 


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