「私達先に帰るよー」

美雪とあずさは帰り仕度を始めた。
アルコールからソフトドリンクに変えていたあずさは、酔いがさめているようだ。

「タロちゃんたち、大丈夫なのかなあ」

 

「おー!  じゃあ俺達も出るか……飲みは終わらないけどなあ」

相馬らも店を出た。

 

「じゃあ、あずさと帰るから。太郎君、ロベルト君!  キヨに負けないで頑張ってねー」

美雪は手を振りながら駅に向かう。
あずさは心配そうに太郎を見つめる。

「お、押忍ー。がんマリますう!」

「……オース。オエ」

太郎もロベルトも倒れる寸前だ。

美雪とあずさと別れた。

 

「さーて、てめーら!  夜は長いぜ!」

相馬はハイテンションだ。
太郎は危機感を覚えた。

「(まずいぞ……このままだと、まともに審査を受けることなんて出来ない!  師範やあずさ先輩の前で恥を晒すことになる。……倒すしかない。相馬先輩を、酒で! )」

 

相馬は太郎とロベルトの腰に手を回し、繁華街を闊歩する。
と、何かを見つけ足を止める。

「おっしー!  てめーら、じゃんけんな」

「お、押忍? 何で今、じゃんけんを?」

「負けた奴が、あそこでTバックを買うんだ!」

そう言って、相馬は女性下着専門店を指差す。

「げげー!  あんなおしゃれなお店でえ?」

いくら酔っているとはいえ、太郎にはとても出来ない相談だった。
ロベルトは目を回したままつっ立っている。

「よーし、最初はグー!」

狂気のゲームはスタートしていた。

「じゃんけんぽん! ……がはははは!  太郎の負けだ!」

「げげげのげー!」

太郎のパーが震えている。

「おらー!  買ってこんかい!」

 

太郎は、歯を食いしばりながら店に入る。
相馬は大笑いをしている。
ロベルトは相変わらず立ちつくしている。

 

店内は明るく、大音量で音楽が流れており、良い香りが漂っている。
太郎は酔っている所為か、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしてTバックを探す。
あろうことかTバックのコーナーは一番奥にあった。

「し、死ぬ。かつてこんな地獄を味わったことがあるだろうか?」

若い女性客、そして店員の視線が鋭利や矢のように太郎に突きささる。

「もうどれでもいい。買ってしまおう!」

太郎は奥の壁にかかっている品物を手に取り、レジに出す」

「い、いらっしゃいませ。プ、プレゼントでしょうか?」

彼女に下着をプレゼントするような男性のナリではない。
メガネで怯えている恋愛事に疎そうな太郎だ。

「い、いえ。そ、そのままで結構です」

「そ、そのまま?」

まるでコンビニでの会話のようだ。

「いえ、あの、何でもいいです」

「で、では袋にお入れしますね。8,980円になります」

「は、はっせんえーん!」

太郎は驚いた。
女性ものの下着は何と高いのであろうか?

 

太郎は憔悴した状態で店から出て来た。

「ぎゃはははは!  太郎、良くやったな!  じゃあ、次行くぜー!」

太郎は思った。早く相馬を始末しないと明日が無い!

 

青ざめた顔の太郎を引き連れ、相馬はあたりを見回しながら足を進める。

しばらくすると、相馬は足を止めた。

「よーし! 今度は、あそこだぞ!」

見ると、繁華街の隅に古く薄暗い建物がある。
一見、何の店だかわからない。

が、うっすらと空いているドアから中をのぞくと、太郎は驚いた。
太郎の辞書には無い、大人なアイテムの数々。

「そ、相馬先輩! ま、まさか」

「おう、じゃあ、いくぜー!」

 

またもや、じゃんけんに敗北した太郎は、大人のおもちゃを買うはめに。
こちらも相当な高額であった。

「・・・・・・まずい。 心も身体も金も限界だ!」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ……その、の、飲み直しませんか? そろそろアルコールが切れてきたので」

実際は飲みすぎて倒れそうであった。

「おう、そうだな。よし、行くぞロベ!」

「オーシュ」

ロベルトも限界のようだ。

 

居酒屋に入り、太郎はすぐさまトイレに入り、手洗い場の水を目いっぱい飲んだ。
そして個室に入り、口に指をつっこむ。

「こ、これしかないー!」

 

太郎は少しスッキリした状態で戦場に戻った。
こうなったら相馬と刺し違えるしかない。

「先輩、飲み比べやりましょう!  なあ、ロべも!」

「おっ!  糞生意気な野郎だ!  店員さーん、じゃんじゃん持ってきてーん!」

 

太郎は勢い良く飲み続け、相馬を焚きつける。

そして、一定量飲んだところでトイレに駆け込みリバースする。
太郎らの席にはジョッキやらビンやらが散乱する。

ロベルトは既にダウン。

 

そして店に入って二時間が経過したころ、相馬は顔面から机に倒れ込んだ。

「ま、魔王に勝った!  再延長を何度繰り返したことであろうか……俺は勝ったんだ!」

しかしリバースを繰り返したとは言え、太郎の内臓は限界に達していた。

「や、休まなければ!  か、帰ろう。この人達はここに捨てておこう。う、うえっ」

 

太郎が一人店から逃げ出した時には、深夜2時を回っていた。
気持ち悪さを拭いためコンビニでガムを買い、タクシーを拾い、住処の道場に向かう。

 

「今夜は大変な散財だったぜ。明日、昇段審査なんだよなあ……うううう、頭が痛い」

一体どれだけの量を飲んだのだろうか。
太郎はあまりに酔い過ぎ、眠ることすら出来なかった。

と、その時、太郎の携帯が鳴った。あずさからだ。

「も、ももも、ししし」

『あっ、タロちゃん。大丈夫? 今、帰り?』

「あ、あずさ先輩……」

『お兄ちゃんは一緒? ロベルトさんは?』

「せ、せせ……先輩とロべはいません。ひ、ひとりで……」

『た、大変みたいだね』

「あ、ずさせん、ぱい……」

『ん?』

「す、好きです。世界で一番好きです」

『え……』

「好き過ぎて、まともに顔が見れません。好き過ぎて、まともにお話が出来ません。情けないのです」

『う、うん』

「本当は、言いたいのです。皆さんにも言いたいのです。あずさ先輩が大好きと」

『うん』

「僕らは、す、素敵な約束をしました。きょ、去年の世界大会の時です」

『うん。覚えているよ』

 

―――世界一に……世界一になったら……私は、タロちゃんのモノになったげる!

―――四年後の世界大会で、僕は、世界一になってみせます!

 

「僕は、せ、世界一になって、3年後の世界大会で優勝して、あ、あずさ先輩を……」

『うん。で、でもいいんだよ。世界一じゃなくてもいいの。私は、タロちゃんと一緒にいたいだけなの。空手から離れないように、私から離れないように、言っただけなの。私のわがままなの。私はタロちゃんの将来を、未来を縛りたい訳じゃないの。ごめん。タロちゃんに重たいものを背負わせてしまったみたいで……私も自分の気持ちを上手く伝えられないから……』

「ぼ、僕は、こ、告白もまともに出来ない弱虫です。だ、だから、そ、そんな、む、難しい約束でも、い、いいのです」

『タロちゃんは弱虫なんかじゃないよ』

「が、頑張ります。僕は、せ、青春の全てを掛けて、が、頑張ります」

『タロちゃん……』

「だ、だから、ま、待ってて下さい。ご、ごめんなさいです。あ、あずさ先輩を待たせるなんて」

『ううん。待ってるよ』

「い、一生で一人、あなただけを……そんな、あなたをゆ、唯一の、僕の、愛を……」

『うん』

 

 プッ……

 

なんと、太郎の携帯のバッテリーが切れてしまった。
しかし太郎は続ける。

「愛を誓います。あ、愛を……」

『―――ありがとう』

太郎の横にはあずさが見える。
酔いが妄想のあずさを見せている。

『―――タロちゃん、ありがとう』

「あ、あずさ先輩、そ、そこにいたんですか?」

『―――うん、ずっと、ここにいたよ。タロちゃんのそばに……』

「せ、先輩!」

タクシーの運転手は気味悪がりながら鏡越しに太郎を覗く。
太郎はあたかも隣に女性がいるように話している。

『―――タロちゃん……今夜はずっと二人で』

「は、はいー」

 

タクシーは板橋道場の前に止まる。
太郎は財布ごと運転手に渡す。

「お、お客さん、大丈夫ですか? 代金いただきますよ。3,450円です」

「あずさ先輩。着いたようです。僕らの愛の巣に」

運転手は開いた口がふさがらない。

「駄目だこりゃ。何が愛の巣だよ。空手の道場じゃないの。本当にここでいいのかなあ」

運転手は太郎に財布を返し、車を出した。

太郎は幻影のあずさの手を取り、道場に入っていった。

『―――タロちゃん、暗いままがいい。恥ずかしいから』

「あ、あずさ先輩。ま、まさか!」

『―――は、恥ずかしいな』

幻影のあずさは服を脱ぎ始めた。

「あ、あずさ先輩!」

窓から入ってくる月の光があずさの裸体を照らした……太郎には見えるのだ。

「き、きれいです。この世のものとは思えない」

そこには白く輝くあずさが立っている。

『―――タロちゃん……きて! 』

「あずさせんぱーい!」

 

太郎の夜は続く。

 


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