第106話  奥義の伝授について

 

太郎とロベルトの昇段審査が近づくにつれ、稽古も厳しさを増してきた。

夜、いつものように道場近くの銭湯で汗を流す相馬軍団。
最近は正宗も一緒に入っている。
ロベルトと正宗はジャクジー風呂で騒いでいる。
太郎は屋外の檜風呂で足をもんでいる。

「いちちちち。今日の前蹴りの練習はきつかったなあ」

相馬は、全日本大会に向け、太郎に前蹴りの特別強化稽古を課している。

わざと太郎の道着を濡らす。
ロベルトにバスケットボールを持たせ腹の前で構えさせる。
そして動くロベルトの持つボールに前蹴りを打ち込ませる。
よほど性格に、のびやかな前蹴りを打たないと力が伝わらない。

相馬は技の習得には集中して時間を割く。
最近は太郎のふとももはパンパンに腫れている。

「なんだ。筋肉痛かよ」

「押忍」

相馬が檜風呂に入って来た。

太郎の隣にザブンと浸かる。

「てめーの前蹴りもだいぶサマになってきたじゃねーか」

「押ー忍、ありがとうございます」

「もうすぐ全日本だかんな。チビのお前はリーチの差を埋める為に前蹴りは必須だ」

「押ー忍」

太郎はまんざらでもない声を出す。

「おい!」

突然、相馬は太郎を睨みつけた。

「お、押忍?」

「最近、てめーが練習してる、あの変な突きは何だ?」

太郎は先日、神から教わった『無打』の話をした。
相馬は大笑いをする。

「な、何がおかしいんでしょうか?」

「ははははは。いや、すまねえ。無打か……ふふ」

「いや、びっくりしましたよ。神館長の拳がこう……瞬間移動をしたんですから」

「……昔、総本山時代に山岸の野郎も館長に奥義を伝授されてたな」

「え? 無打ですか?」

「いや。奴が教わったのは……『鼻蹴』だ」

「は、はなげ?」

相馬は笑いを堪えながら話す。

「人間の急所の一つである鼻を正確に打ちこめば、一撃で相手を倒すことが出来るっつってな。それを教わってから奴は一生懸命稽古してたな。試合でも良く使ってたしな。ふふ、お前ら揃って館長に盛られたな」

「え? 奥義じゃないんですか?」

「お前なあ、『無打(ムダ)』だの『鼻蹴(ハナゲ)』だの冗談に決まってんだろ」

「……言われてみれば」

「まあ、無打の方がいくらか奥義っぽいけどな。実際、瞬間移動並みの突きだったんだろ?」

「お、押忍」

「ふふ、面白いジーサンだ」

「れ、練習するだけ無駄ってか? やられた」

相馬は昔、自身が神から教えられた奥義について回想する。

 

 

――――――――――――「いいか、キヨよ。初めて出場する全日本に向けて奥義を教えちゃる」

「奥義っすか?」

「その名も『間軸刈』じゃっ!」

「ま、まじかるっ?」

「そうじゃ!  その名の通り、間を読み、相手の軸を刈るんじゃ!  ちょっとワシに蹴りを打ってこい」

「お、押忍」

相馬は渾身の中段蹴りを放つ。
と、神は蹴りの軸足を刈りこみ、相馬は尻もちをついた。

「いちちちち」

「どうじゃ。空手の試合において蹴りは中心となる技じゃ。それを無効化出来れば、お前みたいに体格に恵まれてない者でも無差別の全日本で活躍出来るじゃろ」

「お、押忍。なるほど……」――――――――――――

 

 

「……俺も盛られたか。だが、相手の特性を見抜いての助言だったんだな。ふふ」

「な、なんですか?」

「ん? なんでもねえよ。……あとさあ、お前この頃、公園で木をぶったたいてるらしいな」

「お、押ー忍」

それは太郎が、神から巨木を全力で叩いた男達の話を聞いてからやるようになった。

「押忍、か、空手家ですから。常日頃から拳を鍛えようと思いまして。い、板割判定なんてーのもありますし……」

「おう。まあ、拳を鍛えるのはいいことだが……板割判定なんてめったにねーぞ」

「押忍」

神覇館の大会は、本戦3分、延長戦2分、再延長戦2分。
それでも勝敗が決まらなければ板割判定となる。
体重の重い選手から申告してそれぞれ拳で板を割る。

「昔は微妙な試合内容だと引き分けになることが多かったみたいだが、神館長がそーゆー中途半端な裁定を嫌ってな。最近は再延長までにほぼ勝敗が決まるんだ。俺自身も板割判定はやったことねーわ」

「そ、そうなんですね」

「まっ、練習しとくに越したことはねーわな。そんなことより、来週はついに昇段審査だな。親父は基本、移動、型、そして筆記も厳しく見るからな。最後は連続組手だなー……まあ、頑張れや」

「お、押忍。し、しかし、日頃、先輩やロベなんかと数十ラウンドのスパーリングをこなしてますんで、た、たぶん、大丈夫だと思います」

「ふふふ、それでこそ我が弟子だぜ。くくくくく」

どうも昇段審査の話になると、何か企んでいそうな笑いをする。
太郎は、やはり嫌な予感がした。

 


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