第105話  運命が交錯した夜

 

夜、総本山で太郎らの祝勝会が催された。
普段の飲み会とは違い馬鹿騒ぎではないが温かく祝ってくれた。

相馬は用を足しにトイレに向かうと、山岸が前から歩いてくる。

「よお、山岸。随分暗れーじゃねーか」

「……わかるだろ」

どうやら先日の体重別で日本の王座を外国人(ロベルト)に奪われたことを言っているようだ。

「昼間、館長が言ってたぞ。ロベルトが体重別の王者になったのは、歴史の分岐点だってな。いいこと言うじゃねーか」

「……俺は引退することにしたよ」

「はあ? まじか?」

相馬は突然の山岸の言葉にびっくりした。

「まさか、今回のことに責任を感じて……ってか?」

「まあ、そうだ」

相馬は呆れたような声で笑った。

「おいおいおいおい。自己完結してんじゃねーぞ。館長がいいっつってんだろーが。今回の事を踏まえてさらに精進すればいいだろ」

山岸は軽く頬に笑いを浮かべた。

「俺はな……お前みたいに強くないんだよ。お前は二度も世界大会で日本最後の要として頑張った。どれほどの重荷を背負っていたのか俺には分からない。凄いよ、お前は。俺は体重別の牙城すら守れず引退さ」

「……山岸」

山岸は相馬の肩を叩き、その場を去った。
ほぼ同期で総本山に入門した相馬は山岸がどのような男かわかっていた。
黙って山岸の背中を見つめていた。

 

トイレの近くで相馬と山岸が何やら話しこんでいたので、太郎は外で用を足そうと、道場を出た。
と、神が道場裏の森の中に入って行った。

「あれは、館長? こんな夜になにしに行くんだ?」

太郎はそっと館長の後を追い、森の中に入って行った。
今日は満月で月が明るい。

神との距離を詰めないようにゆっくると歩く。

「何か、以前にも夜の森の中を歩いたな」

 

 

しばらく歩いた神は、大きな木の前で立ち止まった。
太郎は見覚えのある場所だと思った。

「あそこは……まさか!」

神は後ろを振り向いて声を上げた。

『何じゃそのヘタクソな尾行は!  早くこっちに来い!』

完全にばれていたらしい。

「お、押ー忍!」

太郎は神の所に小走りで向かった。

 

「押忍、館長!  大変失礼しました」

「ほほ……実はなワシも立ち小便をしようと思って外に出たんじゃ。そしたらお前さんがいたんでの。ここに誘いこんだんだ」

「な!  そ、そうでしたか」

二人の笑い声が森に響いた。

「それよりも……この巨木。見覚えがないか?」

神は自信の横にそびえ立つ巨木を指差した。

「押忍。あります。実は相馬先輩に初めて会った場所なんです」

「ふふ。聞いておるよ。ワシがキヨに初めて会ったのもここなんじゃ」

「えっ、そ、そうなんですか?」

「ワシらだけじゃない。この巨木は色々な猛者達を見て来たんじゃ」

神は巨木を撫でながら言った。

「キヨが何故お前さんを弟子に取ったか聞いたか?」

「押忍、まだ聞いておりません」

神は巨木の方を向き半身をきった。

「それはな……こういうことじゃ!」

そう言うと神はその巨木に腰の入った正拳突きを打ち込んだ。
森に低い音が響き渡る。

「う!  だ、大丈夫ですか?」

「お前はワシを誰じゃと思っとんじゃ!  神覇館の館長だぞ!  こんくらい朝飯前だ」

神は打ちつけた拳を太郎の前にもってきた。
確かに血も出ていない。

「お、押忍」

「じゃが、ずぶの素人が全力で突くとなると話は別じゃ。そんなことが出来るのは馬鹿だけじゃ」

「お、押忍。確かに……」

「そんなことが出来る奴は限られておる。ワシはそこに空手の才を見る」

「空手の才……」

太郎は神の話に耳を澄ます。

「武士の時代……真の武芸者は幼き頃に刀を見ても恐れなかったという……要するに馬鹿じゃ。これが空手にも通ずるものがあると思ってな」

「そんなもんですかねえ」

「お前……馬鹿にしてんじゃろ」

神は太郎を睨みつける。
太郎は愛想笑いを浮かべた。

「ワシはな、空手を始める前の素人の状態で、この巨木に拳を全力で打ちつけた男を3人しか知らん」

「さ、三人ですか」

「そうじゃ!  一人目は不動暁!」

「ふ、不動師範」

「中学卒業と同時に入門してきたんじゃ。バカでかい図体じゃった。まあ、見込みがありそうな奴にはこの木を殴らせてるが、不動だけが男を見せた。拳の骨が折れてパンパンに腫れたな」

太郎は静かに聞いている。

「二人目はレオナルド・フェルナンデス!」

「レ、レオナルド!」

「奴の親父がワシの弟子じゃったからな。連れて来たんじゃよ。まだ少年だったレオナルドもやはり全力で拳を打ちつけた。血が止まらなくなって大騒ぎだった」

「た、確かに歴代最強の男達ばかりですね」

「そして、三人目は……」

太郎は唾を飲み込んだ。

「お前さんじゃ」

「へ? ぼ、僕ですか?」

自分を指差す。

「ワシも自分で見た訳じゃないが……相馬が言ってたからな。あいつは嘘は言わんから、本当なんじゃろ」

「あ……」

太郎は相馬に出会った時のことを思い出した。
確かに太郎はこの巨木を叩かされ、そして相馬が驚いていた。

「まあ、入門4年で体重別を制したんだ。相馬の目にも狂いはあるまい」

「そ、それで僕を弟子に……」

あの時太郎は無心で拳を打ちつけた。
あの時、そんな突きが出なければ、今の自分はいないのだろうか。

「しかし何故、あの時相馬先輩はここにいたんですか? 確か深夜だったような」

「ほほ。その日、総本山でレオナルドの限界組手があったんじゃ。そこで奴との実力の差をまざまざと見せつけられ……拗ねてここに来たんじゃ。あいつは悔しいことがあるとすぐここに来るんじゃ」

「レオナルドの限界組手の日……」

「その日にレオナルドは弟のロベルトを相馬に託した……ワシ経由でな」

「そ、そうだったんですか」

偶然に男達の運命はここ総本山で交錯していた。
何の縁もなかった男達は導かれるように、ここで……

「ほほほ。相馬軍団ってのは随分ロマンチイックな出会いをしてるんじゃなあ……おお気持ち悪い」

「お、押忍」

「どれ。せっかくの機会じゃからワシの空手の奥義を伝授しようかの」

太郎は驚きの表情を見せた。

「え? じ、神館長のお、奥義を教えていただけるんですかあ!」

「まあ教えてやるだけじゃよ。稽古は自分でせい」

そう言うと、神は洋服の袖をまくった。

「その名も『無打』じゃ」

「む、無駄?」

70歳を超えてなお神の腕は恐ろしく太い。
そして拳はアンパンのように腫れあがっている。

腰の前辺りで握られた拳は次の瞬間、太郎の顔の前にあった。

「わ!」

太郎は思わず腰が抜けた。

「ほほ、どうじゃ。これが無打じゃ」

「今のが、無打……どういった技なんでしょうか」

「名前の通り、『打た無い』だ。つまり構えた場所から、次の瞬間には相手に当たっている。打つんじゃない。移動ではない。刹那『そこ』に拳はあるんじゃ」

「な、つ、つまり瞬間移動ですか」

「そういうことじゃ。ほほほ。まあ精進しなさい」

そう言うと神は道場に帰って行った。

「しゅ、瞬間移動なんて、あり得ないが、だが確かに瞬間後に顔の前に拳があった」

太郎は試しに突きを打ってみる。

「全然駄目だ。突いてる。移動が見える。……うーむ。試合で使う云々は置いといても……凄い技があるもんだ」

太郎は月明かりの下でしばらく無打の稽古をした。

 

 

総本山道場に戻った太郎。
玄関の扉を開けた音で、入口の部屋で門番をしていた松崎が目を覚ました。

「ふえ、あ、あれ。押忍、水河先輩。どちらかに行かれていたんですか?」

「ああ道場の裏の森にね」

「お、押忍。何だってそのようなところへ?」

「小さな小川があって、趣のある木の橋なんかも架かってて、なかなか面白いんだ。月明かりにばあっと照らされていてね」

「押ー忍。なるほどお。いつも生活している道場ですが、裏に何があるのかなんて考えたこともなかったです」

 


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