第104話  神との面会

 

山間を一台のバンが走る。
運転するのは正宗。
助手席には太郎。
後ろには相馬とロベルト。

ちなみに今日は正宗の撮影ではない。
館長の神が、体重別全日本の優勝の祝勝会を総本山でやってくれるということで、三人は呼ばれたのだった。

「いやー、凄いですねー!  神館長直々に呼んでいただけるなんて。優勝すると館長に祝ってもらえるんですねー!」

太郎は先ほどからハイテンションだ。

「相馬先輩も体重別優勝の度にこんな会に呼ばれてたんですか?」

相馬は耳をほじっている。

「あ? 呼ばれてもこんなヘンピなところ来ねーよ。めんどくせえ。第一、俺は長い間あの汚ねー総本山で修業してたんだぜ。別に嬉しくもねーぜ」

「相馬の兄さんも丸坊主だった訳ですね」

正宗が後ろを振り向く。
と、同時に相馬に顔を蹴られる。

「うるせー!  てめーのその長ったらしい髪を刈りあげんぞ!  ったく、おめーはいつまで俺の道場にいるんだよ!」

「いちちち、さすが相馬の兄さんのカウンター。鼻血が出そうです。ちなみに僕の撮影の最終回は来月の昇段審査と聞いていますが」

「しょ、昇段審査?」

太郎はバックミラー越しに相馬を見る。

「おう、もちろんお前とロベルトのな。多分今日決まるぜ。昇段審査の許可は総本山に貰わねーといけねーからな。今回の出張りはそれも兼ねてんだ」

「オー、昇段審査」

昇段審査は神覇館空手の黒帯を取得する為の審査である。
昇段審査を受ける条件はかなり多岐にわたっており非常に敷居が高い。
稽古回数が入門から数千回以上。
体力測定、基本・型の完成度。
空手の知識。
大会等の実績。
そして初段を取るには10人連続組手が待っていた。
通常の道場生は取得までに平均10年は要する。
百人近くが在籍している板橋道場でも黒帯を締めているのは師範の源五郎、相馬、あずさと美雪を含めて数人。
太郎らの先輩にあたる岩村もまだ2級で茶帯であった。
太郎とロベルトは道場に内弟子という形で住み込みで修業しており、稽古回数等条件は満たしていた。

「てめーらは入門から三年ちょいでの審査だ。異例な速さだが総本山の内弟子共もそんくらいで習得する奴はいるからなあ。太郎と初心者大会でやった高畑の野郎も体重別の前に黒帯取ってたな。奴で四年か。まあ、おめーらは大会の実績も文句ねーし、まず大丈夫だろう。ふふふふふ」

高畑は先の体重別全日本で重量級第3位に入っていた。
皆強くなっている。
そんなことより、太郎は相馬の最後の笑いが気になったが聞かずにおいた。

 

「おっ、山の上に寺みたいなのが見えてきましたぜ」

正宗が前方を指差す。

「あれが総本山だよ」

太郎はこの辺りを通る度に思い出す。
初めて相馬に会った夜。
この辺りに車を止め、不思議な音につられてこの森に入った。
もう三年以上前になるのだ。

 

 

総本山に着くと、百瀬ではない内弟子が出迎えてくれた。
茶帯を締めており、身長は180cm近くありそうだ。

「押忍!  ま、松崎と申します。じ、じ神館長がお待ちです。こちらへどうぞ」

どこかで見たな、と太郎は思った。

「おう、百瀬はどうした」

相馬が偉そうに聞く。
横柄な全日本チャンピオンに松崎は震えている。

「も、ももも、百瀬先輩は、く、黒帯になられたので、よ、よよ要人のお出迎えは、わ、私が仰せつかりましたー!」

「なんだ、あのハゲ出世しやがったなー!  まあ、総本山はみんな丸坊主か!  がははははー」

「ひ、こ、こちらですー」

神覇館空手において、先輩後輩の序列は軍隊並みに厳しい。
特に総本山においては。
さらに今回の相馬一行は体重別の三階級のチャンピオンの揃い踏みだ。
松崎は生きた心地がしなかった。

総本山の道場は木造の古い建物だ。
松崎に続いて、正面玄関から木目の廊下を進む。

太郎が去年の体重別の前に『特報神覇館』の撮影で来た時はここまで奥に進まなかったので、その総本山に漂う緊張感を感じていた。
重く、寒い空気はそこにある伝統の深さを感じさせた。

その感動を伝えようと、後ろを振り向くと、ロベルトは飾られている装飾品をいじり、正宗は手を頭の後ろに組み、相馬はポケットに手を突っ込んで首を傾けて歩いている。

太郎は思った。
こいつらとは感動を共有することはできない、と。

 

一階の奥に神館長の部屋があった。
松崎は深呼吸をしてからノックをゆっくり三回する。

「お、押忍!  相馬先輩がいらっしゃいましたー!」

『おー、入ってもらいなさい』

部屋の中から神の声がした。

「大袈裟な野郎だ」

そう言って、松崎の脇腹に一撃入れる相馬。
太郎は相馬の横暴さを見るのも慣れて来たな、と思った。

「入りますよー!」

相馬を先頭に部屋に入る四人。

「おー!  来たか。まあ座んなさい」

神は部屋の中央に置かれたソファーに腰掛けていた。
横には山岸が立っている。

「では、自分はこれで」

そう言うと山岸は部屋を出て行った。

「なんだ、あの野郎は」

そう言いながら相馬は神の前のソファーに座った。

「押忍、館長。相馬とその弟子共、ただいま参りました」

残りの三人は立ったままだ。
いや座れないのだ。
神から発せられるオーラに圧倒されて。

身体は決して大きくないが、その太い腕や胸板、そしてシワの一つ一つから長年培ってきた空手の熟成された何かが沸きだしており、それが空間を捻じ曲げている。
そんな感覚に太郎は襲われた。
体重別での選手宣誓の時と同じく、やはりただものではないと思えた。

「ははは、座んなさいよ。今、松崎がお茶を持ってくるはずじゃ」

 

太郎らは、ゆっくりソファーに座った。
あのロベルトや正宗も緊張しているようだ。

「館長。あの松崎とかいう野郎、緊張しっぱなしじゃないですか。まあ百瀬の野郎は無言過ぎて気持ち悪かったですがね」

「わはは、そう言うな。奴も体重別に参加してたんじゃぞ。中量級で準々決勝にも残ってる。確か中条に負けてたっけな。なかなかのツワモノじゃよ」

「へー!  俺と同じ中量級にいたのか。全然気付かなかったなあ」

太郎は体重別の時に松崎を見たのを思い出した。

「いやしかし、相馬よ。凄いじゃないかよ。弟子と共に体重別三階級制覇とはな。お前は口だけじゃないのが、好きなところじゃ」

「はは、どうも。まあ、俺は若い女性に好かれた方が嬉しいんですがね」

「何言っとる。美雪さんの尻に敷かれているくせに」

「ななっ」

これには太郎、ロベルト、正宗は大笑いしてしまった。
相馬は三人を恐ろしい目つきで睨む。
三人は後で焼きを入れられる覚悟を決めた。

「太郎君や。お前さん突然選手宣誓に刈り出されたようじゃたが、よくやったな。宣誓しといて優勝しないんじゃカッコ悪いからな」

「お、押忍。あ、ありがとうございます」

太郎は立ちあがって十字を切る。

「そして、ロベルト君。いや、君には辛い思いをさせたね」

神はロベルトに目を細める。

「伝統……組織は大きく、そして歴史を積み重ねれば伝統が生まれる。それは発展に寄与することも多いが、阻害する時もある。我が神覇館においては空手母国である日本による世界大会、全日本、体重別の王者死守。これが長らく組織を強くしていった伝統じゃった。しかし、神覇館が世界に進出して長い時間がたった。世界大会の王者にお主の兄のレオナルドがなった。その時、神覇館の歴史が動いたのじゃ」

ロベルトは黙って聞いている。

「そして今回ロベルト君……お主が体重別の王者になった。また一つ歴史の転換点が出来たのじゃ。しかし、あの時……太郎君が掟破りのガッツポーズで叫んだ時、会場の皆がロベルト君の優勝を祝福した。それを見てワシはほっとした」

太郎は胸が高まる。ロベルトは涙ぐんでいる。

「ロベルト君。君の空手への情熱が花ひらいて良かったのー。心配性なレオナルドが相馬に君の世話をお願いした甲斐があったってもんじゃ」

「へ? 兄さんが相馬先輩にお願い?」

ロベルトは相馬の顔を見る。

「げ!  か、館長!  それを口止めしたのは館長じゃないスか!  俺はそのことは黙ってたのにー!」

相馬が慌てている。

「ありゃ、そうじゃったっけか?」

神は本当に忘れていたようだ。

「オー!  そうだったの? 兄さんが……だから相馬先輩は僕をすんなり弟子にしてくれたんだネー!」

「な、なるへそ。それで弟子を取らない相馬先輩がロベルトを弟子にしたのかー!」

太郎も納得した。

「(じゃあ、何で俺も弟子にしたんだ?)」

自分には疑問が残った。

 


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