第103話  全日本の王座

 

重量級の決勝戦を待つ山岸の表情は暗く、緊張感に満ちている。
その山岸を囲む総本山の道場生達にも重い空気が漂っている。
山岸の先輩の久我、後輩の百瀬、高畑。

「敗退してしまった俺達が言うのもなんだが……とにかく頑張ってくれ、山岸」

準決勝で相馬に敗れている久我は、申し訳なさそうに山岸に語りかける。
普段から口数少ない百瀬は、黙って山岸を見つめる。

「負けたら……大変ですよね。引退ですかね」

そう言い放った高畑を、久我は睨みつける。

「お前も準決勝でロベルトに負けてるだろう!  先輩の山岸に失礼なことを言うな!」

「お、押忍、失礼しました。ですが、決勝では話が違います。体重別ですが……全日本大会で外国人に王座を奪われるなんて事態になったら……神覇館の歴史に!」

「うるさいっ!  高畑、お前は総本山の内弟子だろ!  そんな生意気な言葉がよく吐けるなっ!」

久我は高畑の胸倉を掴む。
百瀬や他の道場生に止められる。

「し、失礼しました」

さすがに恐縮してしまった高畑。

しかしこの総本山の面々の混乱が示している。
いま神覇館が置かれている状況を。

 

神館長の横にいる副館長の不動も堅い表情をしている。
それは後輩の山岸の心境を察してのものでもあり、組織の幹部としての緊張感からでもある。

不動は五年前の第8回世界大会で唯一残った日本人の相馬が敗れ、始めて海外に世界大会の王座が流出したときのことを思い出した。
あの時、相馬は涙ながらに語った。
全日本の王座は自分が守ると。
そして今、その弟子のロベルトが体重別全日本の王座を脅かす存在になるとは。

「皮肉なものだな」

不動は独り言のように言った。

 

志賀が軽重量級の決勝戦を制し、優勝を決めた。

そして重量級決勝戦が始まる。
太郎にも会場の不穏な空気が感じられた。
緊張感が漂う。

そんなに重要なことなのだろうか。
日本人が全日本を制することが。
太郎はわからなくなってきた。

 

『ゼッケン224番、山岸勝信、総本山!  ゼッケン256番、ロベルト・フェルナンデス、東京! 』

 

壇上に上がる前にロベルトは相馬をちらと見た。
相馬は笑顔で頷く。
ロベルトも笑顔で応える。
太郎はロベルトに声を掛ける。

「ロベルト!  相馬軍団で三階級制覇だ!」

 

 

壇上で対する山岸とロベルト。
二人ともに身長180cm、体重は90kg超。
山岸は準決勝で重量級の雄である伴兄弟の兄・信一を破った。
勢いはある。

試合が開始すると山岸は悲壮感を漂わせながら攻め込んだ。
ロベルトも応戦する。

だが実力差は歴然としていた。
パワーファイターの山岸だったが、ロベルトは山岸を上回るパワーとスピード、技術を持っていた。
とても相手にならない。

すると会場からはどよめきが起こる。
観戦している多くの日本人の観客も体重別全日本の王者を外国人に奪われることを危惧しているようだった。
その空気の変化にロベルトは手が止まった。

山岸は、嗚咽にも似た叫び声を上げながら、ロベルトに突きのラッシュを仕掛ける。
ロベルトは、少しづつ後退していく。

 

会場内の沈黙を破ったのは、相馬の怒号だった。

「ロベ!  てめーなめてんのか!  手を抜かれて山岸が喜ぶと思うか!」

怒りの表情をした相馬だったが、組んでいる腕に爪を立てている。
その光景に、隣にいた太郎は複雑な相馬の心境を見てとった。

誰よりも日本人による王座の死守にこだわる相馬だ。
その微妙な心境は太郎にもわかる。
だが太郎も声を上げる。

「ロベー!  ラスト1分だー!  頑張れー!」

ロベルトは吹っ切れたように、山岸にラッシュを仕掛ける。
もはや山岸に巻き返す力は残っていない。

本戦5-0でロベルトは勝利し、体重別全日本初の外国人王者が誕生した。

 

ロベルトは無言で山岸と握手を交わし壇上を降りる。

「ロベ、やったな!  三人揃って全日本王者だぜ!」

相馬はロベルトの肩に手を回す。

「う、うん」

「ロベー!  やったなー!  相馬先輩、三階級制覇ですよー!」

しかし会場からは歓声ではなくどよめきが止まらない。
これが優勝者が決まった場面なのか。

 

太郎は、胸の奥から何かがこみ上げてきた。

駄目だ。

いけない。

こんなの間違っている。

 

太郎はそんな状況を振り払うかのように大声を出した。

「ついに相馬軍団が体重別三階級制覇だー!」

太郎は会場中に響く声、そしてガッツポーズをとった。
基本的にガッツポーズは武士道らしからぬ作法であるということで大会では禁止されていた。
それをわかった上での太郎の必死のアピールだった。

 

それを見た会場からは少しづつ拍手が起こり、そして割れんばかりの拍手に変わって行った。

数年前から注目されてきた相馬軍団がついに三階級制覇を成し遂げたのだ。

 

その様子を見て、板橋道場の面々も安心した。
師範の源五郎も三人をほめたたえた。

「まさか私の道場から一気に三人も体重別王者が出るとはなあ!  びっくりだよ!  ははははは」

「親父殿!  俺はただの天才じゃないんだぜ、なあ太郎、ロべ!」

「押忍」

「押ー忍」

 

正宗も興奮冷めやらぬ様子だ。

「あららー、本当に三階級制覇しちゃったよ、あの人達。俺っち本当に凄い道場に入門しちまったなあ」

正宗は飛び跳ねて板橋道場の輪に加わった。

 

第25回体重別全日本結果

 軽量級  優 勝 水河 太郎 (25) 東京
      準優勝 山城 隆仁 (22) 山口
      第3位 津川 陽太 (30) 青森
      第4位 宮地 哲也 (24) 大阪

 中量級  優 勝 相馬 清彦 (28) 東京
      準優勝 中条 貴久 (27) 東京
      第3位 久我 誠 (29) 総本山
      第4位 山辺 雄介 (30) 静岡

 軽重量級 優 勝 志賀 創二 (25) 神奈川
      準優勝 塩田 博 (23) 東京
      第3位 稲原 英明 (24) 神奈川
      第4位 亀石 恵造 (31) 千葉

 重量級  優 勝 ロベルト・フェルナンデス (25) 東京
      準優勝 山岸 勝信 (28) 総本山
      第3位 高畑 健 (23) 総本山
      第4位 伴 信一 (26) 香川

 

第25回体重別全日本大会結果

 


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