第100話  太郎と隠岐

 

大会二日目。
準々決勝に進出した各階級八名づつ計32名が壇上で紹介される。

軽量級準々決勝には山城、百瀬、宮地、津川、青山といった強豪選手達が残っている。
中量級には、相馬の他に久我や中条といった世界大会に出場した選手達。
志賀も無傷で進出。軽重量級は志賀の他に、野口師範の弟子の森の顔もある。
重量級は、山岸のほか、伴兄弟や高畑、ロベルトなど新鋭達が多く揃っている。

軽量級の準々決勝が始まり、正宗の予想通り、山城が勝ち上がった。
宮地は百瀬に競り勝ち準決勝進出。
そして、ベテラン津川が青山を下した。
太郎は、野々村という180cm近くある長身の選手を下段蹴りで下して準決勝進出。
津川との再戦を決め、2年前の借りを返すチャンスを得た。

結局、相馬軍団や志賀はみな準決勝進出を決めた。

 

太郎は準決勝の前にトイレで用を済ますことにした。
テレビマンたちに断りを入れ、トイレに駆け込む。

「緊張すると、トイレが近くなるなあ」

太郎が独り言を言いながら用を足していると、隣から激流のような音が聞こえて来た。

「な、なんだ?」

見ると、長髪に髭をはやし、ぼろぼろの服を来た大男が用を足していた。

「どうだ! 滝のようだろう!お前さんのは小川のせせらぎのようだなあ! ガハハッハハ」

「あわわ」

突然話しかけられ、太郎の小川のせせらぎは止まってしまった。
大男はこれまた豪快に手を洗い、服で手を拭く。

「(な、なんなんだこの人は? それにしてもでかい! 185cmはあるぞ。神覇館のOBの方かな?)」

「水河君よ!」

「はひっ!」

大男は太郎の名前を呼んだ。

「あ、あわ」

「ふふ、すまんすまん。俺は隠岐ってんだが、君の試合見せてもらったよ」

「(お、隠岐? どこかで聞いたことがあるな)そ、そうですか」

「軽量級にしては、なかなかのパワーだな。特にあの突きの連打は凄い」

隠岐は太郎の得意技『百裂拳』を褒めた。

「あ、ありがとうございます」

「だがなあ、お前さんは今後、無差別でも結果を残したいんだろ?」

「あ、も、もちろんです」

「ならな、もちっと戦法を考えなきゃならんな。パワーだけじゃ無差別では勝ち進めんよ。なんせ軽量級ってハンデがあるんだ。上段系を使っていかんとな。そう相馬に教わらなかったか?」

相馬の名前が出て、さらにビックリした。

「そ、相馬先輩には必殺技として、上段を習いました。軽量級の僕には必要だって」

「だろ? あいつは見かけによらずクレバーだからな。それなら、もっと試合で上段を組み込んでいかないと駄目だな」

と、そこに相馬がトイレに入ってきた。

「うおっ!  隠岐師範!」

「おー、相馬じゃねーか!  今、お前の話をしてたんだよ!」

隠岐は相馬の背中を叩く。

「わ、わざわざ島から来られたんですか?」

「そーなんだよ。不動の奴がたまには顔だせってうるせーからよ」

太郎はまたまたビックリした。
不動の奴。
そんなことを言える男がいるのか?

「そ、相馬先輩。この方は……?」

「ああ。この人は第6回世界大会王者の隠岐一郎師範だよ。総本山では不動先輩の先輩になる。今は、どっかの島で仙人みたいな暮らしをしてる……んでしたっけ?」

「せ、世界王者!」

第6回世界大会と言えば、不動の優勝した第7回の前の大会だ。

「仙人じゃねーよ。隠遁者ってんだよ。ボロ小屋に住んでんだよ。がははは」

太郎は隠岐を見上げた。

「(不動師範といい、レオナルド選手といい、この人といい……世界王者は人間離れしたような人ばかりだなあ)」

世界一になるというあずさとの約束がどれだけのことなのか、太郎に重くのしかかる。

「じゃあな相馬、水河君。応援してるぞ」

「押忍、隠岐師範。久しぶりにお会いできて嬉しかったです」

相馬は丁寧に十字を切って挨拶する。
先輩や師範達にも憮然とした対応の相馬だが、不動や隠岐、神館長には敬意を表するようだ。

「いやあ、あれが隠岐師範ですか。僕の名前知っててびっくりしました」

「俺も直接稽古をつけてもらったことはないんだがな。やっぱ、凄げーオーラだな」

「(相馬先輩でもビビる人がいるんだな)」

「そろそろ準決勝だろ!  とっとと準備しろや!」

「お、押忍!」

 

『ゼッケン33番、津川陽太、青森!  ゼッケン64番、水河太郎、東京! 』

 

太郎の準決勝が始まる。
相手は辻とともに軽量級の双璧を成していた津川だ。
二年前の体重別では準々決勝で対戦したが、宮地との死闘で力を使い果たした太郎はなすすべなく敗北した。 

「(二年前は準々決勝で身体が動かないくらいの状態だったが、今やほぼ無傷で準決勝の舞台に立っている。大丈夫だ)」

試合が始まると、津川は、持ち前のパワフルな攻撃を繰り出す。
突きからの強烈な中段蹴りが飛んでくる。

「(こ、これだ。これで以前は倒された)」

太郎は、蹴りに合わせ軸足を刈り、津川のバランスを崩す。
太郎は、先ほどの隠岐との会話を思い出した。

「(上段か……確かに最近はパワー重視の戦法で攻めることが多い。世界大会に出場しなかったし、無差別の大会に出てなかったからな)」

中盤、太郎は津川に百裂拳を打つ。
津川は顔を歪めて後退する。

「(パワーでも、もはや俺の方が上回っている。よし、いくぞ! )」

太郎は、再度百裂拳を放つ、津川のガードが下がる。
太郎は相馬に散々打ち込まされた突きからの上段蹴りのコンビネーションを繰り出す。
蹴り足は津川の顔面を捉えた。
パーンという音が会場に響いた。

会場からはどよめきが巻き起こる。

 

『赤、1,2,3,4,5!  上段回し蹴り、一本! 』

 

太郎は、強豪津川から上段回し蹴りによる一本勝ちを収めた。
ついに軽量級の二大巨頭の一角を崩したのだ。

津川は試合後、笑顔で太郎に近づいてきた。

「いやあ、凄いな。辻さんばりのキレーな上段だったね」

「押忍、ありがとうございます」

 

壇上から降りると、正宗がタオルを渡してきた。
もはや、太郎を見つめる正宗の瞳はハートマークが見えるようだ。

「かっこよかったっす!」

「あ、ありがと」

「ついに決勝戦ですね。俺っちの予想通り、山城選手ですよ」

「だな」

山城は、宮地を破って決勝に進出した。
二年前の体重別全日本、太郎に敗れ、一回戦で敗退した山城は試合後、太郎に言った。

――――――――「僕も、もっと稽古します。是非またお願いします、押忍!」

その言葉通り、山城は太郎の前に立ちはだかる。

 

第25回体重別全日本大会途中経過

 


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