第94話  初心者クラス開講

 

太郎が受け持つことになった初心者クラスは、土曜日の午前中に設定された。
相馬の独断とは言え、入門3年での指導員抜擢は神覇館空手でも稀なことである。
師範の源五郎も乗り気だったので、話はとんとん拍子で進んだ。
補助指導員にはロベルトが付く。

太郎は世界大会にも出場し、日本語も完璧なロベルトが指導する方が良いのではないかと、岩村に提案したが、新人指導員と生意気な芸人、それをややこしくする外国人補助という構図が面白い絵になるということだった。
普段は温厚な岩村に熱く説得された太郎は、流されるまま当日を迎えた。
相馬は番組を無茶苦茶にしかねないということで初日の参加を遠慮させられた。

 

撮影当日、板橋道場にはテレビ局の関係者が集結する。
カメラは三台。
女性リポーターとスタッフ勢。

太郎は自分の想像と違う感じがしてきた。

「(あ、あり得ない。めちゃしっかりした番組っぽいぞ。マイナーな芸人を使うんで、てっきり深夜の番組だと思ったが……)」

太郎は岩村に問いただすことにした。

「い、岩村先輩。随分と大勢のスタッフさんがいらっしゃいますが……」

「まあね。19時からの番組だから」

「ええ! ご、ゴールデン!」

聞くと誰もが知っている某有名長寿番組だった。
太郎はこの状況に、後悔を超えた感情が沸き上がって来た。
視界は暗くなり、頭がふらふらしてきた。

「(つ、ついこの間まで引きこもり同然の生活を送っていた俺が……ご、ゴールデンに出演とか……何でこんなことに! )」

 

太郎が絶望に苛まれている中、スモラバ正宗が登場した。
遅刻だった。

「正宗! 今何時だと思ってんだー!」

ディレクターらしきスタッフに怒鳴られている。

「皆さん! お股、お待たせ!」

下品な手振りをしながら道場に入って来た。
こんな状況下でも笑いを忘れない……誰も笑っていないが……太郎はこの男に少なからずのプロ根性、芸人魂を見た。

 

太郎は、正宗を怒鳴りつけた強面のディレクターから撮影の流れの説明を受ける。
岩村から色々と説明があるものと思っていたが、本人は後ろの方で見ている。
立場上、それぞれに色々な役割があるようだ。

太郎には、指導員になるにはキャリアが少ない。
だが連日のように相馬にしごかれ、師範の源五郎からは徹底的に空手道の稽古を教え込まれていたので、指導員としての素養は身に付いていた。

基本的には通常通りの指導をしていれば良いらしい。
何かあっても自然なリアクションをとればいいという。
ガチガチに流れが決まっていると思っていたが、そうでもないらしい。

 

源五郎やあずさら道場生が見守る中、稽古が始まった。
本日の出席者は15人。
並ぶのは白帯を締めた初心者達。
年齢層はまばらで、学生、社会人、主婦など様々だった。

そして最前列に正宗が並ぶ。

始めは柔軟体操から。
正宗はだるそーに動く。
太郎は引きつり笑いになってきた。

「ま、正宗君。他の人に合わせて動いて下さいね」

「うえいーっす。つか、俺、超個人主義なんすよね」

「はは。(ちっ、何だこいつは……落ち着け、落ち着け。放映時には、ここで笑いの声が入るハズだ)」

 

続いて基本動作。
太郎は正拳突きを全員で号令に合わせて打つことにした。
一人10本づつ、合計で150本になる。

「では、正拳突きをします。一人10本づつ号令をかけて下さい」

「押忍」「押ー忍」「うえいーっす」

道場生の返事の中で、正宗だけがふざけている。

「……正宗君。道場内の返事は全て『押忍』でお願いします」

「お酢」

「……」

太郎の眉間にしわが寄る。

 

正拳突きが始まり、皆が突きを打っていく。
道場内に気合の声がこだまする。
道場生が奏でる汗のハーモニーである。

しかし、正宗だけ声と動作がずれている。
連帯感こそが必要な基本稽古である。
初心者達の間に動揺が走る。

 

そして、突きが100本を超えた辺りで突然、正宗が声を上げた。

「ちょちょちょ、ストップ! ストップ・ザ・ミュージック!」

「な、なんですか?」

太郎は前代未聞な事態に慌てる。

「ちょっち休憩っす」

「きゅ、休憩?」

おもむろに道着からタバコを取り出すと、ライターで火を付ける。

「ふーっ、スモークラバー!」

場が一気に冷めていく。

「ゴホゴホゴッホ・・・自画像」

せき込みながらネタを繰り出す正宗。

刹那、正宗は太郎の前蹴りによって、道場の端まで、すっ飛んで行った。

 


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