第92話  約束

 

相馬は、レオナルドとの死闘の後、三位決定戦にてヴィクトールを本戦優勢勝ちで下した。
第三位が決定した相馬は、板橋道場や日本選手達の祝福を受けた。
道場生達が集まっている二階観客席の端に座り、大きくため息を吐いた。

「ちょっと寝かせてくれ」

相馬は、そう言い道場生達の座る観客席の端、美雪の隣に座った。

「キヨ、お疲れ様」

美雪に頭を撫でられる相馬。
いつもの相馬なら悪びれそうなものだが、今は黙っている。
そして、相馬はゆっくりと美雪の肩に寄り掛かる。

 

そんな光景を微笑ましく見ていた太郎だったが、ロベルトにつつかれて振り向く。

「ん? 何?」

「あれあれ」

ロベルトの指し示す方を見ると、道場生達から少し離れたところにあずさが立っている。

「太郎。あずさ先輩と二人きりになれるチャンスダヨ」

「う! ……だな!」

 

太郎は、あずさの所にそっと駆け寄る。

「お兄ちゃん、疲れて寝ちゃったのかな?」

相馬は美雪に寄りかかったまま、眠ってしまったようだ。

「いつもは見れない光景ですね」

あずさは太郎の服をくいくいと引っ張る。

「これから……一緒に決勝戦見に行かない? 凄い特等席があるんだよ」

あずさは周りを確認してから、太郎の手を握って駆け出した。

「あわわ」

 

 

二人は三階観客席に上がり、端にある関係者用の階段を昇る。

「ここ、入ってもいいんですか?」

「大丈夫。誰もいないから」

そこは、大会用の備品等が並んでいる物置部屋のようだった。
掃除が行き届いているらしく床も棚もきれいだった。

「ほら」

あずさが手すりの方を指差す。
そこからは試合場が真正面から良く見える。

「うわあ、凄い!」

「ね、特等席でしょ? あたしが見つけたんだよ」

 

ちょうど、決勝戦が始まろうとしていた。
ロシアのアレクサンドルとブラジルのレオナルドの試合。
四年前の第8回世界大会決勝と同じ組み合わせだ。

「凄いね……世界一を決める試合だもんね」

「そうですね」

最強の空手家同士の対決。
どちらも譲らない激しい猛攻が続く。

「ねえ、タロちゃんも四年後出るんでしょ、世界大会」

「お、押忍」

目の前で繰り広げられている怪物同士の戦いを見るにつけ、太郎は段々と世界大会という舞台がとてつもなく大きなものに感じられて来た。
自分には関係のない世界なのではなかろうか、と。

「が、頑張ってみますけど……出れるかどうかわからないです。その……狭き門ですし。あと、体格も皆さん大きいですよね。ほとんど180cm超えてるし。僕なんて164cmだし」

「そうだね。でも応援するよ」

四年後……考え始めると、途端に自分に今置かれている状況を冷静に考えてしまう。

「それに……この先、空手だけやってる訳にもいかないし……就職とか、仕事とかやらないと」

ネガティブな言葉ばかりが口から出て行く。

「うん、大変だと思うけど、協力するよ」

あずさは太郎の手を握った。

「タロちゃんなら大丈夫だよ。入門して3年くらいで軽量級の準優勝だよ!  凄いことだよ」

太郎にはあずさの期待の大きさに、逆に心が折れてしまいそうだった。

「た、たとえ、世界大会に出れたとしても……レオナルド選手やアレキサンドル選手、相馬先輩みたいに上まで行けそうにないし……」

 

「なによ!」

 

あずさは太郎を突き飛ばした。
太郎は尻もちをついた。

「なによ!  男の子のくせに弱音ばかりで!  私、そんなタロちゃん大っ嫌い! !」

初めて、あずさに面と向かって怒鳴られた。
太郎は絶句した。

 

「オー、太郎」

階段の影からロベルトが覗いていた。

 

「私、タロちゃんはもっとカッコいいと思ってた。体格にそんなに恵まれてなくても無差別で山岸さんを倒したり、志賀君を追いつめたり。凄いことだよ。タロちゃんは、不安があっても、上を目指して頑張っていける人だと思ってた!」

あずさの言葉を聞き、太郎の脳裏に相馬の言葉が浮かんだ。

 

『都大会の次は、体重別……次は全日本、そして世界大会だ! 』

 

無心で相馬について行き、どんどん上を目指し、一生懸命もがいている太郎の姿に、あずさは惚れたのかもしれない。

 

会場から歓声が上がった。
レオナルドがアレキサンドルを下したらしい。
これでレオナルドは史上初世界大会二連覇を成し遂げたのだった。

「タロちゃん!」

「は、はひ!」

 

「……世界一に……世界一になったら……私は、タロちゃんのモノになってあげる!」

 

「……!」

大歓声をバックにあずさの言葉は神々しさを帯びていた。
太郎の全身を電流が流れた。

「(そうだ……そうだよ! 人生は一度しかない! 青春時代はいつまでも続かない。……いいじゃないか、好きな……惚れぬいた女性の為に青春を捧げたって! それって、素敵な生き方なんじゃないか?)」

太郎は立ち上がり、あずさの手を握った。

 

「わ、わかりました! 四年後の世界大会で、僕は、世界一になってみせます!」

 

「タロちゃん!」

「だから……だから……」

「え?」

「世界一になったら、ぼ、ぼ、僕と……け、け……」

「……!」

 

「オー、太郎、あと一息ネ」

ロベルトは唇を噛みしめ覗き続けている。

「なんだ、なんだ」

「オーノー!」

ロベルトが後ろを振り向くと、相馬が立っていた。

「ノー! 相馬先輩、いつからそこに!」

「あ? 太郎とあずさじゃねーか!」

相馬は、ロベルトの肩を踏み台にして飛び上がった!

「おらー! てめーら! 俺様が傷心してんのに何いちゃついてんだー!」

相馬が乱入してきた。
後ろにはロベルトもいる。

「うげげー! 相馬先輩! こ、殺される!」

 

相馬は太郎を踏みつけた。

「ったく、油断も隙もねーぜ! あずさ、まさかこの糞野郎に言い寄られてたんじゃあるまいな?」

あずさは、両手を後ろに組んで素知らぬ顔。

「ううん、違うよ。来年の全日本大会で使えそうな横断幕ないかなって、一緒に探してもらってたの」

「うむ、そうだよな。この野郎にあずさを口説く甲斐性があるとは思えないからな」

 

相馬は道着を直して背筋を伸ばす。

「さてと、そろそろ表彰式だな。前回は5位、今回は3位か……次は優勝しかねーな! てめーらも俺にちゃんと付いてこいや!」

「押忍!」「押ー忍!」

四人は表彰式に向かった。

あずさは太郎に微笑みかける。

「(やってやる! 四年後の世界大会で優勝するんだ! 青春の全てを空手にぶつけてやる!)」

既に会場の外は真っ暗。
綺麗な満月の夜だった。

 

【 第9回世界大会結果 】

優 勝 レオナルド・フェルナンデス(28) ブラジル 187cm 105kg
準優勝 アレクサンドル・マレンコフ(30) ロシア  185cm 110kg
第三位 相馬 清彦(27)           日本   172cm  76kg
第四位 ヴィクトール・ファオロ(26)   ブラジル 200cm 100kg
第五位 マルチェロ・ジアーロ(27)    イタリア 174cm  80kg
第六位 マイケル・ストラウス(24)    アメリカ 177cm  85kg
第七位 イワン・アレンスキー(23)    ロシア  190cm  95kg
第八位 リチャード・カールトン(32)   アメリカ 191cm  98kg

 

第9回世界大会結果

 


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