第82話  相馬と二人の弟子

 

深夜、レオナルドとの戦いを終えた相馬は総本山裏の森の中を歩いていた。

月明かりの強い満月の夜。

神と出会った巨木の前。
相馬は、空手着に着替え大きく深呼吸をする。
2月の冷たい空気が肺を満たす。
そして全てを吐き出し、頭の爽涼感を味わう。

「……レオナルド。凄い奴だ」

 

相馬は巨木に突きや蹴りを放つ。
頭を真っ白にしたい時、相馬はここに来て、一心に技を打ち込んでゆく。

「日本で根付いた空手だが、頂点は外国人になったか……相撲や柔道と同じだな。不動先輩の言ってたように、これが組織がより発展していく過程なのかもな」

強い蹴りを打ち続ける。

「だがよお……意地は見せてーじゃねえか! 日本人としてのよ!」

 

と、その時。
相馬は人の気配を感じた。

「ん?」

目を細めて見ると、10メートル先に人の姿が見える。

「誰だ! 誰かいんのか?」

『うわああああ!』

その男は腰を抜かしたようだ。

「何だあ? 変質者か?」

 

相馬は男に近づいていった。

「誰? 何やってんの、こんなところで?」

『ぎゃあああああ!』

「ちっ! うるせーなあ! 夜は静かにしなさいって、母ちゃんから教わらなかったか?」

 

男は相馬と同年代くらいで大学生風。

相馬の打ち込みの音を聞いて森に入ってきたらしい。

変わった奴だなあと思いつつ、相馬は巨木に案内し、突きや蹴りを披露してみせた。
なぜ、自分が突然であった男にこんなことをしているのか、わからない。

なんだか、何かに引き寄せられているような。
そんな不思議な感覚がした。

 

そして、しばらくすると、相馬は、ここで神と出会った時のことを思い出した。

「(そういえば、館長にここでこの巨木を突かされたな)」

そして、口を開いた。

「……お前……俺と同じように、この木、突いてみろや」

「え?」

「え、じゃねえよ。突け!」

「ええええええ? そ、そんな、怪我しちゃいますよ。見て下さい、この細い腕を」

「ぐちゃぐちゃうるせー!」

「ひー!」

相馬は、あの時と同じようにその男に巨木を叩かせた。
その男は、拳の握り方も良くわかっていなかったが、その突きを見て相馬は愕然とした。

全身全霊を使い、全力で巨木に拳を打ちつけた。

神の言っていた、後先を考えない、躊躇もない、馬鹿な男。
不動とレオナルドのみがそうだったように。

「(……いた! いやがった。こんな大馬鹿が本当にいやがるとは! )」

 

拳から血がしたたり、骨も折れているのではなかろうか。

「ふ……ははは、凄げーな。……いるんだな本当に、こんな大馬鹿が……いるんだ」

相馬は、その男に興味を持った。
三人目のその男に。

相馬は、その男に板橋道場に来るように告げ、別れた。

 

 

相馬が道場に戻ると。
正面玄関には総本山新人内弟子の百瀬が立っていた。

「ありゃ、百瀬。何してんだよ?」

「……神館長が、しばらくしたら相馬先輩が帰って来られるから待ってろと。玄関が開けっ放しで無用心だからと」

「はは、さすが館長。俺の行動はお見通しか」

「館長が相馬先輩に道場でお話があるそうです」

「え? まじか? まさかお仕置きなんて言うんじゃねーだろなー。……わかった、行くよ」

「押忍、では」

「おう、百瀬。内弟子は慣れたかよ?」

「押忍、だいぶ慣れました。では」

「ちっ、そんなに俺と話したくないのかよ!」

「……山岸先輩が相馬先輩とはあまりしゃべるなと……その、武道家として、悪影響を受けると」

「……何なんだよあいつは。よっぽど俺が嫌いなようだな」

「では、おやすみなさいませ」

百瀬は内弟子寮に帰ろうとしたが、相馬の方を振り返った。

「押忍、相馬先輩」

「なんだよ」

「……自分は相馬先輩を尊敬しております。その、性格的なところは別として……組手は、素晴らしいと思いました。どの空手家よりも。……では」

百瀬は静かに去って行った。

「ふん、なんだあいつは。素直じゃねーなー」

 

道場に戻ると、明かりが点いている。
覗くと神が正座で瞑想をしていた。

「……清彦か?」

「押ー忍。後ろ向きなのによくわかりますね」

「当たり前じゃ、わしを誰だと思っとる!」

「さすが館長!」

「どうせ裏山で拗ねてたんじゃろ? お前は何か悔しいことがあると、すぐあそこに行くからな。不動に稽古でのばされた時、試合で下村に負けたとき……」

「もう、止めて下さいよ! ……あそこに行くと落ち着くんですよ。なんたって俺と神館長が出会ったところですからね」

「ほっほっほ、もうあれから10年か」

相馬は神の前に座った。

「館長! 実はですね、会っちまったんですよ! 館長の言う、拳をあの巨木に全力でぶつける野郎に!」

「ほおお。こんな夜中にあの裏山にいたんか? その男といい、お前といい、ちょっと頭おかしいんじゃねーの?」

「そりゃあ館長も同じでしょうが!」

二人は大声で笑った。

「ところでな、清彦。お前に話があるんじゃ」

「みたいですね。さっき百瀬の野郎から聞きました」

「うむ……実はな、レオナルドからの伝言というか……お願いごとを受けててな」

「レオナルドから俺にお願いごとですか?」

「そうなんだ。奴には弟がいてな……ロベルトってんだが。こいつがお前さんに惚れちまったらしいんだ」

「俺に惚れたあ?……そいつホモですかい?」

「ホモかどうかは知らんが。2年前の世界大会ん時のレオナルドとお前の試合を見て感激したらしくてな。近いうちにお前さんとこに押し掛ける勢いらしいんだわ」

「……ああ。いましたね、そう言えば。準々決勝の時にレオナルドのセコンドの中にそっくりの奴が……あいつか」

「はあ、お前、世紀の大一番の時に良くそんなところ見てるなあ。たいした奴じゃわい……レオナルドには何の相談もしてないらしいが、留学先のアメリカで日本への渡航の準備らしきことをしてるらしい。無敵の世界王者も弟の事が心配なんだろう。ちなみに空手は未経験らしい」

「ロベルトねえ……」

「ちなみに、ロベルトに会ってもレオナルドから世話を依頼したことは言わないでほしいそうだ。世界王者が弟の世話を頼むなんて様にならんからな」

「ちっ、素直じゃねーなー、どいつもこいつも」

「そりゃ、お前もじゃろ!」

「はは……面白そうですね。第三の男に世界王者の弟か……俺様の弟子に不足は無いっすね」

「ふぁははは、孤高の天才がついに弟子をとるか」

「そーゆーことです。俺らが神覇館を席巻してみせますよ」

「期待しとるぞ……わしは、もう寝る」

神は立ち去ろうとしたが、足を止めた。

「そう言えば、その、巨木を全力でぶっ叩いた大馬鹿は何てんだ?」

「押忍。水河……水河太郎です」

「……ふむ。覚えとくか」

そう言うと神は道場をあとにした。

「水河太郎にロベルト・フェルナンデス。ふふ、面白くなりそうだな……だが、妹のあずさにちょっかい出さねーよーに気をつけないとな!」

男達の運命はこの満月の夜に交錯していたのだった。

 


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