第80話  相馬への打診

 

7月の蒸し暑い昼間。
太郎とロベルトは稽古の合間にアイスを買いに出ていた。
外の気温は32℃。
歩いているだけで汗が滴り落ちてくる。

「あちー! 溶けちゃうぜ」

「本当に暑いネ」

コンビニに入り、肺の中の暑い空気を全て吐き出す。

「はあああー、涼しい。生き返るなあ」

「イエス。天国ダヨ」

二人は食事コーナーで少しサボることにした。

「ロべはさ、世界大会で兄貴のレオナルド選手と再開することになるんだよな。何年ぶりなの?」

「うん、前の世界大会の時以来だから、4年振りだネ」

「ああ、そっか。ロべはアメリカの大学に留学してたんだよな。そっからブラジルに帰らずに日本に来たの?」

「そう」

「はー、結構無茶苦茶だなあ。相馬先輩がロべを弟子にしなかったらどうしてたんだよ」

「うーん。そんなことは考えなかったヨ」

「……ポジティブだな」

「ハハハ」

「しかし相馬先輩も、突然現れたロべを良く弟子にしたよな」

「フトコロが深いんだヨ、相馬先輩は。だって、突然夜の森に現れた太郎も弟子にしたんデショ?」

「はは、確かに」

 

 

二人が道場に戻ると、来客がいた。
千葉支部師範で、大会委員長の野口とその弟子の森だ。
去年の総本山道場生を交えての壮行会で、森は相馬から暗いと罵(ののし)られていた。

相馬は見当たらない。

「押忍、野口師範」

「おー水河君。お邪魔してますよ。いやいや、体重別惜しかったねー! しかし、入門2年であそこまで行くとは、本当凄いよ」

「押忍、ありがとうございます」

「僕んとこの内弟子の森ももうすぐ2年になるんだが、来年の体重別に出そうと思ってるんだよ。去年の東京都大会でも優勝してるしね。いいところまで行くと思うんだよ。センスもあるしね」

「ええ? 都大会で優勝してるんですか! 凄いですね」

太郎は入門10カ月で都大会に出場し、ベスト8まで行った。
そのとき敗れたのが、目黒道場の中条だ。
ふと先日のラブホテル事件を思い出した。

「押忍……師範やめて下さい。私なんて、そんな」

森は相変わらず暗かった。

「野口師範、今日はどのようなご用件で?」

「いや、実は相馬君にお願いしてたことがあってね。限界組手の事なんだが……」

「限界組手?」

太郎は、限界組手という言葉をどこかで聞いたことがあるような気がした。
だが、どこで聞いたか思い出せない。

「俺は出ないっスよ!」

相馬がトイレから出てきた。

「おお、相馬君。いたのか」

相馬は野口の前に来た。

「野口師範。電話でお応えした通りっす。俺は限界組手はやりません。とりあえず今はね」

「そうか……だが世界大会前の恒例行事みたいなもんなんだがなあ」

「師範。俺は今はやらないって言ってんですよ。世界大会に標準を合わせてるんです。大会前に怪我なんかしたくないですからね」

「むう、本気なんだな」

「そうゆーことです。そんかし、来年の第40回の全日本で優勝したら、その後やりますよ」

「おっ、本当かい! まあ、そーゆーことなら、いいか。相馬君ならまだまだ全日本を連覇しそうだしな。うん。わかった。世界大会まで後4カ月だ。頑張ってくれ。それと源五郎師範にも宜しく言っといてくれ」

「押忍。わかりました」

 

結局野口は道場に上がることもなく帰ることになった。

「押忍、失礼します」

丁寧に十字を切る森を見て、相馬は言った。

「相変わらず暗いな、お前は」

「……押忍」

太郎はすぐに相馬をたしなめる。

「わわ、また! 相馬先輩! いくらなんでも失礼過ぎですよ」

「だって、前に会った時よりさらに暗くなってるからよー」

「……いいんです。自分暗いですから」

 

野口と森は去って行った。

 

三人は道場にて買ってきたアイスを食べる。

「もー、相馬先輩は、去年も森君に絡んだんですよ」

「ちっ、うるせーな」

「相馬先輩、ゲンカイクミテって何でスカ?」

ロベルトが聞く。

「あ? ああ、限界組手ってのはな、神覇館空手の道場生の中でも最強ランクの選手のみに課せられる荒行よ」

「荒行……」

「その名の通り、体力の限界まで戦い続けるのよ」

「二人一組でですか?」

「主役はずっと戦い続けるのさ。相手は2分ごとに代わるんだ。一本勝ちをしない限り2分間戦わないといけない。それで何人までこなせるか試そうってのよ」

「はああー、凄い修行があるんですね。つまり倒れるまでなんですね」

「だから俺は断ったんだ。大怪我でもしたら世界の強豪共と戦えなくなるからな。神覇館の選手にとって限界組手に出ることは、最高の名誉らしいんだが、俺はそんなの関係ねえな」

「野口師範が言っていたように、世界大会前の恒例ってことはこの時期……4年に一回やるんですか?」

「いや、そうとも限らない。まあ、だいたい世界大会前に最強の日本人が挑戦することが多かったかな。第8回世界大会の前には、下村の髭デブと大岩、第7回世界大会の時は不動先輩と五十嵐先輩、第6回は隠岐師範……とかな」

「ほおお、日本人だけなんですか?」

太郎のその質問を受け、相馬の顔つきが変わった。

「ふ、日本人以外でもいるさ。そこにいるロベルトの兄貴が2年前にやったのさ」

「え? レオナルド選手が?」

「オー、そうだったノ?」

相馬は飲みかけのコーラを一気に飲みほした。

「限界組手っつっても、いつまでもやってる訳にはいかねーから、毎回相手選手を100人用意してんだ。まあ、そこまで戦える奴はいなかったけどな、かつては」

「かつては?」

「ふふ、やり遂げたんだよ、100人を……レオナルドがな」

「ひゃ、ひゃくにん! !」

「オー、兄さん!」

「さて、無駄話は終わりだ! 俺様は上で寝てるから、てめーらは俺の言っといたノルマをこなしてやがれ! !」

「お、押ー忍!」

 

相馬は二回のジムに行き、ベンチプレスを上げ始めた。

「あれから……2年以上経つのか……」

 


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