第77話  軽量級の頂点へ

 

会場横の広場で軽いシャドーを終えた太郎は、相馬、ロベルトとともに決勝の舞台へ向かう。

すると、廊下の反対側から神奈川道場の面々が歩いてきた。
辻は、志賀をセコンドに従えゆっくりと近づいてくる。

場に緊張感が溢れてくる。

目つきは鋭く笑顔は無い。
それもそのはず、辻は今年秋の世界大会を最後に引退を決めているからだ。
169cm、70kgの辻の身体からは殺気があふれ出ている。
太郎とすれ誓いざま、辻はかすかに笑ったように見えた。

「ついにラスボスと対決だな」

「押忍。大丈夫です。勝てます、きっと」

「奴はここまで、すべて上段回し蹴りの一本勝ちできてる。ちらっと見たが相当蹴り込んできたようだな」

「でも太郎も上段のディフェンスの稽古は相当やってきたヨ」

「だな。今の太郎ならちっとやそっとの上段は通じねえハズだ」

「押忍!」

さすがの相馬も、いつになく真剣な面持ちになっていた。

 

『これより第24回体重別全日本大会決勝戦を始めます! 』

 

会場内にファンファーレが鳴り響く。
空手の道場に入門して2年と数か月。
太郎は、恐るべきスピードでこの体重別全日本大会の決勝の舞台に駆け上がってきた。

しかし、今の太郎には、その感慨にふけっている余裕はない。
空手世界大会への出場。
これのみが、今の太郎の存在意義となっているからだ。

 

『ゼッケン17番、水河太郎、東京! ゼッケン64番、辻巧、神奈川! 』

 

二人の軽量級の雄が壇上に並ぶ。
太郎はついに軽量級無敗の王者、辻巧と激突する。

 

『構えてー! 始めい!』

主審の開始合図とともに、太郎はまっすぐ辻に突っ込む。
初めから全力だ。
太郎は全体重を掛けた右の突きを放つ……が、同時に辻の左上段が太郎を襲った。
太郎は瞬時に突きをガードに変えクリーンヒットを免れた。

いつ飛んできたのか?
初めて対峙する辻の蹴りはやはり半端ではなかった。

「オー! 危ない! 凄い蹴りネ」

「さすがだ。俺も今さらながらに気付いたが、奴は蹴るタイミングを相手の足を見て決めてるみたいだな」

「足?」

「おう、そうだ。相手のガードなんてあんまし関係ねーみたいだな。つまりどちらかの足に体重が掛かった状態だと、防御はまともに出来ないのさ。ただ顔の前に手を置いてるだけじゃ、辻の蹴りは防げないからな」

「じゃあ、今の蹴りは、太郎のバランスの乱れを察知したノ?」

「ああ、太郎の奴、思いっきり前足に体重を乗せて突こうとしたからな。辻はそれを見て……と、言うか反応して打った。だが太郎も稽古で散々俺様の上段を受けてきたからな。こちらもうまく反応出来たってわけよ」

「オー、凄い戦い!」

 

太郎は態勢を立て直して、やはり突きで攻めていく。
辻は太郎の突きを受けながらタイミングを計っているようだ。

「(辻選手は、蹴りの瞬間を作る為に、突きを誘発するためにガードしてなかったのか。だが、俺の突きをいつまで受け続けられるかな! )」

太郎は前蹴りで距離を作り、自分の得意の上段を放つ。
辻にガードされたものの、足がマットについた刹那、空いた胸、腹に百烈拳を叩きこむ。
さすがに辻の顔が歪む。

太郎は、下段や膝蹴りを挟みながら突きの連打を辻に放つ。
辻はあまりの攻撃にガードすることを余儀なくされる。
流れは確実に太郎にある。

「よし! 太郎! そのまま殴り続けろ! 世界大会まであと少しだー!」

「オー! ゴッド!」

相馬とロベルトのテンションも上がってきた。

 

本戦残り時間は30秒。
後は技あり以上を受けなければ太郎の優勢勝ちは間違いない。
太郎は辻の蹴りをもらわぬように少し攻撃の勢いを緩める。
ガードに意識を回す。

「(行ける! もう態勢も崩さない。ガードに集中するぞ! 間違いなく辻選手は上段を打ってくるハズだ! )」

太郎は、攻撃を単発にし、蹴りに備える。
太郎は辻の顔を見る。
まだ目は死んでいない。

 

残り10秒、辻はガードを下げた。
太郎は、最後の一撃に備えガードを上げる。
と、その刹那、辻は渾身の突きを放つ。

「あれはっ! まさかっ!」

相馬が叫ぶ。

太郎は胸に激痛を覚えた。
とんでもない痛さだ。
その痛みに意識を奪われた瞬間、太郎の顔面に辻の上段回し蹴りが炸裂した。

太郎は、倒れまいと辻の道着を掴む……が、力なくその場に倒れた。

『赤、1,2,3,4,5……上段回し蹴り、一本!』

 

会場が大きく揺れるように湧き上がった。

辻の全試合一本勝ちによる優勝が決まった。

 

「ノー! 太郎ー!」

「くそっ、辻の野郎、まさかあれを出すとは」

相馬は驚きを隠せない。

「相馬先輩。辻選手は何かしたの?」

「蹴りの前に突きを打ったろ。あれはただの突きじゃねえ。”一本拳”だ!」

「一本拳?」

「そうだ。中指の第二関節を突きだして打つんだ」

相馬は右手で一本拳を作った。

「え? ここで? こんな突き、打った方も怪我するヨ」

「ああ。はっきり言って試合で打ってる奴はほとんど見たことがねえ。だが空手の技には確かにある。辻の野郎は相当な鍛錬をして身につけたんだろうよ。そして本当の本番でそいつを使った。太郎の完敗だ」

「オーノー!」

 

 

太郎は、ゆっくりと意識が戻ってきた。
目の前で辻が手を差し伸べている。
太郎は辻に手を借り立ち上がる。

「(負けた、負けたのか。俺は)」

辻は太郎の手を強く握り締めた。

「水河、強いなお前は。あの蹴りが決まらなければ完敗だったよ」

「……押忍」

 

太郎はゆっくりと壇上を降りる。
会場からは温かい拍手が起こる。
その中にはあずさのものも含まれているだろう。

「太郎、惜しかったな」

さすがの相馬も表情は曇っている。

「太郎ー!」

ロベルトは涙を流しながら太郎に抱きつく。
いつもは試合に負けると泣きじゃくる太郎だが、涙が出ない。
太郎は相馬とロベルトに謝り、礼を言って会場から離れた。

 

「太郎……」

ロベルトは力無い太郎の背中を心配そうに見つめる。

「ロべ、しばらくそっとしておこうぜ」

相馬は、ふうっと息を吐いた。

「相当ショックだろうな。あんなに頑張って来たもんな。一緒にやってきた俺らだけが世界大会に行くことになったしな」

「太郎」

 

 

太郎は、会場の外のバルコニーに出た。

「あんなに……あんなに頑張ったのに、世界大会に行けなかった。俺は、将来のことも後回しにして頑張ったのに……俺は、俺は」

太郎は目の前が暗くなっていく感覚に襲われた。

「どうしたら、どうしたら……」

そんな太郎の背中を、あずさはバルコニーの入口から、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

第24回体重別大会が終わり、秋に開催される第9回全世界大会の日本代表の12人全てが決定した。

 相馬清彦 (27)   ……第38回全日本大会優勝
 下村秀樹 (31)   ……第38回全日本大会準優勝
 志賀創二 (24)   ……第38回全日本大会第3位
 大岩和雄 (33)   ……第38回全日本大会第4位
 中条貴久 (28)   ……第38回全日本大会第5位
 ロベルト・リベイロ (24)     ……第38回全日本大会第6位
 伴信一 (25)    ……第38回全日本大会第7位
 伴孝二 (23)    ……第38回全日本大会第8位
 辻巧 (31)     ……第24回体重別全日本大会軽量級優勝
 久我誠 (28)    ……第24回体重別全日本大会中量級優勝
 五十嵐徹平 (35)  ……第24回体重別全日本大会軽重量級優勝
 山岸勝信 (27)   ……第24回体重別全日本大会重量級優勝

 

第24回体重別全日本大会結果

 


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