第71話  シフトチェンジ

 

特報神覇館の軽量級選手特集。
その取材は、総本山道場の一階で行われる。

太郎らが到着した時には、既に他の強豪選手が顔を揃えていた。

杉並道場の青山涼、21歳。
昨年行われた第23回体重別全日本大会では、軽量級3位。
過去出場した東京都大会においては、負けはしたものの、ベテラン五十嵐をドクターストップに追い込んだ若手のホープだ。

同じく体重別で第4位の総本山内弟子の百瀬貫一。
東京都大会では、中条と熱戦を繰り広げ準優勝。
まだ、若干19歳の総本山期待の内弟子だ。

そして、神奈川道場の辻巧。
24歳の時に初めて出場した体重別全日本大会で優勝して以来、体重別全日本大会7連覇。
軽量級無敗の帝王だ。

どうやら今回の特集では太郎を含めた4人が取材の対象になっているらしい。
今をときめく強豪達の中で自分だけ見劣りしているんではないかと不安になる太郎。

「いやいや、水河さん。すいません、わざわざお越しいただいて。私、特報神覇館の渕岡です」

「押忍、水河です。僕の方こそ、ありがとうございます。こんな有名な先輩方と特集してもらえるなんて」

渕岡は大袈裟に手を振った。

「いやいやいや。今や相馬軍団は一番の注目株ですから。緑帯での体重別ベスト8に始まり、水河さんと志賀選手との熱戦。そして相馬選手の全日本大会優勝。このままいけば水河さんの発言が現実になりそうですね」

「……僕の発言?」

「あれ、忘れたんですか? 2年くらい前だったかなあ、相馬選手と下村選手との対談の時におっしゃってたじゃないですか。『相馬軍団で全日本大会の表彰台を独占する』と」

「あ!」

太郎は思い出した。
言った、確かに。
板橋道場で、相馬と下村の大荒れの対談の時だ。
その時はどれほどの大口をたたいたのかわからなかった。

表彰台を独占するということは、ここにいる強豪達を当然に倒してのけるということだ。
場は少しピリピリしたものが漂ってきた。

「ふん、随分でかい口たたくねえ」

青山は太郎に聞こえるように口を開いた。
百瀬は黙っている。

 

太郎は素早く着替え、撮影に臨んだ。
まずは、4人並んで構えをとる。

太郎は間近で選手達の見て驚いた。
遠目ではわからないが腕の太さと胸板の厚さが半端ではない。

そして何より皆『拳タコ』が凄まじい。
拳は皆黒ずみ大きく盛り上がっている。
どれほどの猛稽古を積んできたかが拳を見ればわかると相馬が言っていたがそのとおりだと思う。

続いて二人づつの撮影に移る。
青山は年齢で太郎の3つ下。
髪を染めてこそいないが、いまどき風なさわやかな感じだ。
とはいえ、神覇館の選手で髪を染めているのは相馬くらいだが。

総本山の百瀬は当然丸坊主。
こちらはさらに若い。
落ち着いた雰囲気がなんとも武道家然としている。

そして、辻。
辻は今年31歳になるベテランだ。
昨年の第38回全日本大会では準優勝した下村にベスト16で敗れ世界大会の切符を逃していた。

「自分も随分と長く選手としてやってきましたんで……次、負けたときが引退と決めています」

「では、来月の体重別全日本大会で優勝し、秋の世界大会が最後の大会となれば最高ですね」

「はい、そうですね」

辻は引退の言葉を口にして、ちらりと太郎を見た。
重い言葉だ。
辻は空手人生を掛けて体重別に臨んでくる。
だが勝たねばならない。

太郎は辻とならんで構えをとる。
その時、太郎は辻の拳に目を奪われた。
大きく盛り上がった拳の先端とは別に、中指の第二関節のところも異常に膨らんでいる。
なにか特殊な稽古をしているのだろうか。
しかし、辻の得意技は辻斬りの異名をもつ高速の上段回し蹴りだ。
そこだけ気を付ければ、後はラッシュでたたきのめすのみ。

撮影も終わり、解散となった。
着替え終わった太郎に辻が声を掛けてきた。

「調子はどうだい、水河君」

「押忍、だいぶ調子いいです」

「昨年の全日本大会。創二に放ったあの胴回しは良かったな」

「お、押忍。ありがとうございます」

「いまだに創二の頬には傷が残ってるよ」

「お、押忍」

太郎は表情こそ申し訳なさそうにしていたが、心の中では喜びをかみしめていた。
全日本王者であった志賀の顔に傷を残したのだから。

辻は笑顔を見せてバックを担ぎ直し、道場の出口に身体を向けた。

「あ、そうそう」

辻は太郎の方を振り返った。

「相馬の妹さんとはうまくいってるの?」

辻からの突然の質問に太郎は言葉を失った。

「へ? な、何故そのことを?」

「ふふ、あずささんが、総本山連中の前でカミングアウトしたらしいじゃないか。ふふ、顔が真っ赤になっている山岸の姿が目に浮かぶよ」

「あわわ……」

「君は知らないだろうが、創二は随分長い間、あずささんにお熱だったからね」

太郎は、身体の中に電流が走り抜けるような感覚に陥った。
やはり。
志賀はあずさのことが好きだったのだ。

「ふふ、あずささんに惚れていたのは山岸だけじゃなかったって訳だ。まあ、創二の場合は表情には出ないが、相当にショックだったようだ。シャイな男だが、奴なりに色々とアプローチをしていたのにな。なんの進展もないままに突如現れた君に奪われた」

太郎は自分もあまり進展がないのだが、と思った。

「今や創二の恨み辛みは相馬から君にシフトしたって訳だ。どうも奴は自分の敵を作っておかないと気が済まない性格らしい。相馬軍団も災難だな」

そう言い残すと辻は総本山を後にした。
山岸の後は、志賀か。
どうも自分の知らぬところで恨みを買っているらしい。

「モテる男は辛いネ」

ロベルトが太郎の肩を叩く。

「ふ、そうだな……しかし、今日は撮影ばかりで選手達の分析なんて出来なかった。わかったのは辻選手がただのクールでかっこいいだけの男ではないってことだな」

第24回体重別全日本大会まで後一カ月。
各階級の優勝者にのみ、第9回世界大会の切符が与えられる。

彼らを倒さなければ、道は開かれない。

 

第24回体重別全日本大会トーナメント表

 


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