第70話  岩村の思い出

 

第24回体重別全日本大会まで後1ヶ月と迫った5月の晴れやかな日。
太郎とロベルトは岩村の車で総本山に向かっていた。

神覇館の専門誌である『特報神覇館』が、来る体重別の各階級の注目選手の取材をしにくるというのだ。
今日は軽量級の選手が取材を受ける日とのことで、前年大会でベスト8に入った太郎に白羽の矢が立った。
総本山は千葉の山奥にあるので、注目選手といっても首都圏の選手に限られるが、神奈川道場の辻などは当然呼ばれているはずだ。

ちなみに相馬は総本山まで行くのが「めんどくせー」らしく、家で留守番をしている。

 

今年11月に開催される第9回世界大会の出場枠は残り4つ。
第24回体重別全日本大会の各階級優勝者のみ。
したがって太郎は辻を倒さない限り世界大会の出場はあり得ない。

昨年秋の全日本以降、太郎は死に物狂いの稽古を積んできた。
すでに出場が決まっている相馬やロベルトも太郎の稽古を手伝ってくれている。
世界大会出場への最大の関門。
太郎はこのチャンスに、辻の研究をしたいと考えていた。

 

車は千葉の山の中に入る。
信号は全く見当たらない。
本当に辺鄙なところに道場やら武道場やらを作ったものだ。
全日本大会など、年に一回日本中から大勢の人が集まるのにはビックリしたが、今年は4年に一回の世界大会。
こんな山奥に世界中から人が来るのだろうか。太郎には想像がつかない。

「太郎君、緊張してる?」

唐突に岩村が太郎に話しかけた。

「お、押忍。あまり緊張はしてません。実は少し楽しみでして……辻選手や百瀬選手に会えるんだなあ、と」

「ふふ」

岩村が笑っている。

「押ー忍。先輩。僕は何かおかしなこといいました?」

太郎は不思議そうに助手席から運転席を見る。

「いや。太郎君も入門して2年……随分とたくましくなったなってね」

「僕がですか?」

「そうだよ。入門したての頃では、さっきのようなコメントは出来なかったハズだよ」

太郎は少し考えた。
確かに入門時ではあんな台詞は出て来なかった。
『き、緊張してますー! ど、どうしよー!』 なんて言葉だっただろう。

 

「岩村先輩はどうして空手を始めたノ?」

先ほどからいびきをかいて寝ていたロベルトが、いつの間にか起きていたようだ。

「僕もね……実は君たちと同じで……相馬先輩に憧れて空手を始めたんだ」

太郎もロベルトも驚いた。

「オー、おんなじ!」

「え? そうなんですか? どこで出会ったんです?」

「もう5年くらい前かなー……仕事帰りに駅前で若者にからまれてね。いわゆる『おやじ狩り』ってやつさ。肩が当たったとかどうとか言ってきて。初めてのことだったから、声も出ないし、身体も動かない。お金を要求されたから、さっさと出してその場を去りたかったよ。そしたら後ろから声が聞こえた。『僕にもちょーだい』ってね。その人が相馬先輩だったんだ」

岩村は、その時の様子を語り始めた。

 

 

―――――――――後ろを振り返ると、そこに立っていたのは金髪を逆立たせ、スカジャンを着てタバコを吸っている、さらに不良風な男だった。

「なんだてめーは?こいつは、俺らとしゃべってんだよ」

「4人がかりでかつあげか? 人生は一回だよ。いいのかよ、お前ら。そんなダセー生き方で」

「何だと!」

一人の男が相馬に近づいてきた。

「殺すぞこら」

相馬はゆっくりとタバコを口から離し、男の顔の前で吸いかけのタバコを上に跳ね飛ばした。
男がそのタバコを目で上に追った刹那、相馬の前蹴りが男のアゴに炸裂した。

そして残りの3人に飛び後ろ蹴り、金蹴り、上段回し蹴りを正確に打ちこんでいった。
まるで技の確認をするように。

男達は音もなくその場に崩れ落ちた。

「ふっ、マンガみてーにタバコが落ちる前に全員始末するのは無理だったか」

岩村はあまりに突然の出来事に身動きが出来なかった。

相馬は辺りを見回してから、倒れた男達の前にしゃがみ込んだ。

「(な、何だ? あ、そうか。介抱するんだな)」

しかし、岩村の予想は全く当たらなかった。
相馬は男達から財布を取り出していたのだ。

「教育料をいただかないとな。ほっほ、近頃の不良はなかなかお金を持ってやがるな」

そう言うと相馬は現金を抜いた財布を放り投げ、落ちたタバコを拾ってくわえ、その場を去って行った。
岩村は震えている足をおさえて相馬の後を追った―――――――――

 

 

「……これが僕が空手を始めるきっかけになったのさ」

「うわあ、相馬先輩。カッコよすぎる……決していい人ではないが」

「オー、相馬先輩! クールネ」

車は総本山前の大きな坂をのぼりはじめた。

「僕みたいな奴でも、自分に自信が持てるようになった。太郎君も実感してるかもしれないが、空手ってなかなか素晴らしいものだよね」

「押忍! そうですね」

太郎は確信を持ってそう言えた。

 


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