第66話  あこがれの空手家

 

――――――――― 5年前

房総半島、山間部。
山間を一台のバンが走っている。
運転するのは神奈川支部師範の山下。
助手席には、高校3年の志賀が座っていた。

志賀は先ほどから興奮気味に山下に話しかけている。

「志賀よお、あんまり期待しない方がいいぞ」

「何を言ってるんですか? そんなわけないでしょう! 相馬先輩ですよ。高校生大会3連覇ですよ」

「今年優勝すれば、お前も一緒だろ? 夏休みだからって、総本山に合宿とは……連れてく俺の身にもなれよ」

「押忍、すいません。でも、どうしても会いたいんです。教えを請いたいんです。なんたって、僕が空手を始めるきっかけをくれた方ですから」

「ああ、相馬が初めて優勝した高校生大会を見て、入門したんだっけか?」

「ええ、そうです。相馬先輩が高校1年、僕は中学1年でした。身体だって決して大きくはない。そんな相馬先輩が、大技でバッタバッタと相手をなぎ倒して行くんです。次の年も、次の年も!」

「そして、その次の年からはお前が高校生大会で優勝したんだよな」

「ああ、早く会いたい!」

「志賀よ……何回言っても、お前は聞く耳持たなかったが……相馬は性格最悪、素行最悪、言動最悪……とにかく空手の才能しか無い男なんだぞ」

「またまた、師範。相馬先輩の組手を知ってるでしょ? あれは、ただ天才というだけじゃない。かなりの厳しい稽古、自己研鑚の果てに辿り着いた境地です」

「……まあ、いいさ。相馬はとにかく、お前は夏休みの間、総本山から出られないんだ。総本山の稽古は半端じゃないぞ。横浜道場の名を汚すようなことは……まあ、お前のことだから大丈夫か」

「楽しみだなあ」

 

 

山の頂上付近に神覇館総本山道場はある。
年に一回全日本大会や世界大会が行われる武道場のある敷地とは違い、こじんまりとしている。

 

門の前には、丸刈りの総本山内弟子が立って待っていた。

「押忍、山下師範。お久しぶりです」

総本山内弟子の山岸だ。

「おお、山岸。今年、全日本に出るそうだな」

「押忍、がんばります」

「これが、今日からお世話になる、志賀創二だ。よろしく頼むな」

「押忍、志賀です。よろしくお願いいたします」

志賀は丁寧に深々と頭を下げた。

「押忍、良く存じ上げてますよ。なんたって高校生大会2連覇の志賀君ですからね」

「3連覇はどうしてる?」

「……押忍。その、まあ、ははは」

「うむ、な、なるほど、言わずでもわかった」

「はは、さすが山下師範」

「ま、志賀よ。神覇館空手の本場、総本山を存分に楽しんで来い」

「押忍! すいません、連れてきていただいて」

「押忍、師範。館長や不動先輩には会っていかれますか?」

「ああ、まあ、勝手知ったる総本山だ。一人で行って挨拶してくるわ」

「そうですか。志賀君は、その、相馬の部屋に泊らせますが、よろしかったですか?」

「ああ、志賀の希望だからな。相馬はいいって?」

「……相馬は置いといて、館長が面白いから、是非そうしろと」

「そ、そうか。わかった。じゃあ、志賀、頑張れよ」

「押忍」

志賀は山岸に連れられ、内弟子の寮に連れて行かれた。

「……志賀。相馬と同じ部屋か……大変だな」

 

内弟子の寮は総本山道場の離れにある。
木造でかなり古い建物だ。
三階建てのその建物は、多くの空手家を輩出した。

「志賀君、これから君の過ごす部屋に案内するが、その、相馬の部屋なんだが」

「押忍、知っております。僕の憧れの人です。ああ、楽しみだなあ」

「……相馬は今、部屋にはいないから、その間に荷物の整理をするといい」

「押忍、相馬先輩は稽古中ですか?」

「い、いや。とにかく、そのうち帰ってくるから」

山岸は三階の奥にある相馬の部屋を開けた。

「うわっ! え? こ、この匂いは?」

「……タバコだよ。その他いろいろな悪臭が混ざり合っているみたいだが」

「こ、ここが相馬先輩の部屋?」

「……では、後で迎えに来るから。夜の稽古の前に館長に挨拶しに行くから」

「お、押忍」

山岸は、狼狽する志賀を尻目に、部屋を出た。

「……相馬に関して色々忠告をしたかったが。あんなにキラキラとした目をされちゃあな。あいつ大変だぞ」

 

 

建物は古いが、隅々まで、整理整頓、衛生管理が行き届いている総本山道場内において、明らかに異質の場所。
驚愕の光景に、志賀はあっけにとられていた。

「な、なんて汚い部屋なんだ。と、とても人が住んでいるとは思えない」

志賀は、散乱しているタバコの箱を手に取る。

「タ、タバコ? 空手家がタバコ? なにか裏があるのか? は、肺を鍛えるとか?」

部屋を見渡すと、服や雑誌が散乱している。
志賀は一冊本を取り上げる。

「こ、こんな、お下劣な雑誌を見ているのか?」

「見ちゃあ駄目かよ?」

突然の声に振り返ると、そこには見たことのある男が立っていた。
黒髪をオールバックに決めている。
スカジャンにジーンズ。
相馬清彦、21歳。

「お、押忍! 相馬先輩!」

相馬は首を傾け耳をほじる。

「てめーが志賀か! ……ったく」

「お、お世話になります」

相馬は返事もせず、部屋の端にドスっと座り、タバコに火をつけた。

「俺は何にも世話しねーよ。館長の命令だからしかたなく部屋に居させてやるけどよ。そんかし、掃除、洗濯頼むぜ!」

相馬は、飲みかけの空き缶にタバコの燃えがらを落とす。

「せ、先輩。そ、その、空手家がタバコを吸うなんて、いいんですか?」

「あ? 俺はもう二十歳過ぎてんだよ……つっても中学ん時から吸ってるけどな」

「そ、そんな。タ、タバコなんて、い、いけないと思います」

相馬はまだ半分も吸っていないタバコを缶に落とした。

「ああー、何だてめーは! なんか文句あんのか?」

「い、いや」

「俺はな、高校生大会3連覇……まあ、高校には通ってなかったが。体重別では初出場にして準優勝。そして全日本ではベスト8にも入った。文句の付けようのない結果を出してんだ! 好き勝手やっててもな!」

「……押忍」

「文句があんだったら、俺に勝ってから言えよな!」

「な!」

志賀は、うつむきながら、拳を床にたたきつけた。

「ぼ、僕は、相馬先輩に憧れて、空手を始めました。そ、相馬先輩が、こ、こんな人だったなんて」

相馬は、新しいタバコに火を付けた。

「てめーのくだらねえ妄想を俺様に押し付けんな、馬鹿」

志賀は、言葉が出ない。

「だが、空手に関しては見る目があるようだな。俺様に憧れて空手を始めるとはな。まあ、俺は人に教えんのは大嫌いだからな」

「……」

志賀は黙って、相馬にお辞儀をした。

「……相馬先輩。今日からお世話になります」

「ふん。結構。最初からそうじゃねーとな。なんたって俺様の部屋にお邪魔するんだからな」

「……」

志賀は黙って下を向いていた。

 


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